●あなたは就職活動したことがあるだろうか。そして採用面接を受けた経験はおありだろうか？
世間ずれしていない二十歳そこそこの若者が人生をかけて試験を受け、面接を受ける。それは学校の試験とは比べることができない緊張を強いられるものだ。
●「武沢君はどうして今の会社を辞めようと思ったのですか？」と35年前、面接官に聞かれた。当時23だった。製造業につとめていた私は転職するために生まれて初めての採用面接を受けた。今もなお、あのときの緊張感を思い出すことができる。
●「はい、えっと、えっとですね、給料が少ないというか貯金が貯まらないので、もっと給料が良さそうなところをさがしていたのが理由なのと、え～、ま、正直いってですね、会社の中の人間関係がどうにもわるくて、お互いに陰でさんざん悪口をいいあっていたのでイヤになってしまいました。ひとりひとりはいい人なんですが陰にまわるとひどくて。」
●面接してくれた社長の両脇には二人の男性がいた。その二人は先ほどからずっと無言で私を上目づかいでにらんでいる。その二人が私のこの返答を聞いたとたん、何かにチェックを入れた。
たぶん「不採用」の欄にチェックを入れたに違いない。今思えば、無言の上目づかいほど若者に有効な圧迫手段はない。
●自分の返答に我ながら「ダメだ」と感じたのか、その後のやりとりはまったく覚えていない。直前直後の記憶がしっかりあるわけだから、部分的に記憶が飛んでしまったのか、あるいは思い出したくないだけなのか。
●最後に坊主のワケを聞かれた。
「武沢君は頭を丸めているが、何か理由があるの？」と社長。
「え～、はい。ワケがあります。私が所属していた軟式野球部の大会で優勝を逃したのでキャプテンとして責任をとって床屋にいきました。
前からそう宣言していたので坊主にしました。先週切ったばっかりです。」
「ほぉ、キャプテンか。君はそういうリーダー役が好きなのかい？」
「いいえ、きらいです。ただみんなからヤレと言われることが多くて、最初は断るんですが、それでも断れなくて引き受けることが多いです」
●「ごくろうさまでした」と、面接が終わった。
しょんぼりと廊下を引き上げる私。失敗の自覚は充分だった。
そこへ先ほどの両隣のうちの一人が走ってきた。大切な質問をし忘れたようだ。
「ひとつ聞き忘れたことがある。武沢くん、仮にの話だが、もし当社から内定が出たらいつから来られますか？」
「え、内定ですか？」
「いや、そうじゃなくて、もしもの話だよ」
「そうですか、え～、まだ今の会社には辞めると言っていませんので、一ヶ月か二ヶ月は必要だと思います」
「あ、そう。わかった。では今日の結果は郵便で」
●翌週、郵便受けに地味な封筒が届いていた。ドキドキして開封したら「内定通知」と書いてあった。内定者説明会があるというので行ってみたら、私一人だった。試験を受けた20数名の中で私一人が採用されたと知って私自身が一番おどろいた。
●そして、社長の両隣にいたのは常務取締役と人事部長だということがわかった。ずいぶんあとから聞いた話だが、この二人が「不採用」と判定し、社長一人が私を「採用」とした。多数決なら「不採用」だが、議論の結果、判定がくつがえったそうだ。
●今にして思えば「給料が安い」「人間関係が悪い」などと面接で言っている人を採用したいとは思えない。面接時における NG ワードの代表的なものだろう。それを連発し、なおかつ緊張のあまり身体が硬直し、声が震える丸坊主頭の青年を採用したのだから剛胆な社長である。
きっと、この社長独自の人物選考基準があるとしか思えないが、それについてはうかがいそびれた。
明日はこの話の続きで、給料と面接についてもう少し考えてみたい。
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【編集後記】
◆デスク周辺を整理整頓したら見ちがえるようにサッパリしました。
やはり環境整備は大切ですね。
