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ドン・キホーテは死んでいない

●あなたはハムレット型?それともドン・キホーテ型?

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(ハムレット)
悩める王子・ハムレットを英国のシェイクスピアが書いたのは1600年から1602年にかけてのこと。

●スペインの作家・セルバンテスがドン・キホーテの物語を書いたのもほぼ同時期の 1605年から 1615年にかけてのこと。その当時、ヨーロッパでは騎士道の本が大ブーム。そのばかげた流行を茶化すために妄想の騎士ドン・キホーテを書き上げたセルバンテス。

●騎士道の本を読みあさるドン・キホーテは下級貴族の身でありながら自らを騎士と錯覚するようになり、周囲から狂人扱いされる。キホーテの愛馬・ロシナンテも自分を名馬と思い込んでいるが、実はやせ細った馬である。そのロシナンテにまたがって遍歴の旅にでるキホーテ。風車にむかって闘いを挑むエピソードは世界中で有名で、どこか弥次喜多道中的な香りもする。

●作家のセルバンテス自身は若いころ、スペイン無敵艦隊の軍人として活躍していたが、名誉の負傷で左手の自由を失う。その後も捕虜の経験をし、ついに除隊。かろうじて徴税人の仕事で生計を維持していたが、徴収した税金をあずけておいた銀行が破産し、彼自身も不正のとがを受け、牢獄に投じられた。獄中で裁判を待つ身になり、そこで思いついたのがドン・キホーテの物語だったという。

●「ドン・キホーテ」は世界の大人や子供に読まれる物語として有名になっていったが、1965年にミュージカルになった。作家のセルバンテスを主人公にし、彼が獄中で演じる劇中劇にドン・キホーテが登場する。それが『ラ・マンチャの男』だ。ラ・マンチャとはスペインに実在する地名である。

●不思議の縁が重なって歌舞伎俳優・松本幸四郎は『ラ・マンチャの男』を演じ続けることになる。幸四郎自身、今月19日に古稀を迎える。
ちょうどその日に 1200回の区切公演を迎えるが、今公演の初日(8月3日)、岡山の友人、池本さんと連れだってスペシャルな席で観てきた。

●たしか池本さんから電話が入ったのは5月の連休明けだったと思う。

「武沢先生、8月3日の夕方から時間をあけてもらえませんか?実はその日、帝劇で行われる『ラ・マンチャの男』のチケットが手に入りそうなので」
「ラ・マンチャ?あまり興味ないけど、いつやるの?」
「8月3日です、金曜日の夕方からです」
「(手帳を確認し)ごめんね、ダメだわ。その日は本気講座開催の予定がある。ミュージカルを観るのだったら他の人と一緒に行ってあげてよ」
「先生、とっても残念です。実は前から 3列目が取れたのです。しかも松本幸四郎の古稀祝い公演で、娘の松たか子も出ます。チケット代は私持ちとさせて下さい。何とかご調整ねがえませんか?」
「え、そうなの。松たか子も出る?じゃ調整してみるわ。2~3日、時間をくださいな」

●松たか子が 3列目で観られるなんて。しかも、池本さんが払ってくれると聞けば日程調整にも俄然力がはいる。結局、翌日には池本さんに電話した。

「調整できました。一緒に行きましょう!」 現金な話である。

●あれから 2ヶ月、「ラ・マンチャの男」も「ドン・キホーテ」も勉強しないまま帝国劇場に着いた。隣の席の池本さんからストーリーをお聞きした。
どこか吉田松陰さんのニオイがするドン・キホーテである。

●それにしても手が届きそうなところに松たか子、上条恒彦、松本幸四郎たちがいる。オープニングがふるっている。獄中でのスペインギターの弾き語りという印象的なシーン。
舞台作りも音楽もすばらしい。あっという間に『ラ・マンチャの男』の世界に引き込まれていった。

●約 2時間後、キホーテの晩年の場面。(ネタバレ注意)

すっかり老け込み、余命わずかのキホーテ。その病室に訪れたのは、かつて救われた娼婦(松たか子)である。彼女の励ましの言葉を浴びるうちに、キホーテは自分が闘う騎士であったことを思い出し、病床からすくっと立ち上がる。その時の娼婦のセリフが私の気持ちの琴線にふれた。不意に両の頬にポロポロっと涙が伝い、ハンカチを取り出す間もなかった。指でぬぐうが追いつかない。

たくさんのことを教えられた。セリフと音楽もすばらしい。

●「3世紀も前に姿を消した遍歴の騎士となって、なべての悪を滅ぼさんと世界に飛び出そうというのである。もはや、ただのアロンソ・キハーナではない。人呼んで、ラ・マンチャのドン・キホーテ!」

●「だめだぞ、ドン・キホーテ、人生の息吹を深く吸い込んで、いかに生きるべきかを考えよ。」

●「己の魂以外、己のものとなすなかれ」
「現在の自分を愛さず、将来の自分を愛せ」
「快楽のみを追うな」「常に先に目を向けよ」
「男には公正であれ、女には丁重であれ」
「その人の幻の中に生きよ……。その人の名はドルシネア…」

●「ドン・キホーテのだんな、あんたがやってることは負け戦だよ」

「勝ち負けは問題ではござらん。」

●「私はこれまでありのままの人生というものを嫌というほど見てきた。……息をひきとる仲間を両の腕に抱いたこともある。彼らはみな、うつろな目をして、おれはなぜこうして死んでいくのかと私に聞いていたのではない。いままでこんな人生、なんのために生きてきたのかと私に聞いていたのだ」

●「ああ人生自体がきちがいじみているとしたら、では一体、本当の狂気とは何か? 本当の狂気とは。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。だが、一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ」

●「ドン・キホーテは死んではいない。信じるんだ、サンチョ、信じるんだ!」

「ドン・キホーテはおまえの兄弟か?」
「神よ、救いたまえ、われらは二人ともラ・マンチャの男です。」

●ありがとう、池本さん。
そして矍鑠(かくしゃく)たる古稀・幸四郎をはじめ、『ラ・マンチャの男』の全スタッフにスタンディング・オベーション!

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【編集後記】

◆67年目の原爆の日。ご冥福をお祈りします。