●ある日、オフィスにやってきた W 社長（45）の様子が何かおかしい。いつものような強い目力（めぢから）がなく、さきほどからずっと伏し目がち。話し声までボソボソしている。
気になったので私は「夏バテしてませんか？」と聞いてみた。すると話しづらそうに「それがですねぇ・・・」と、こんな話。
●業績が前年割れで思わしくない。利益を確保するために今春から役員報酬を下げ、社員の夏のボーナスもかなり減額させてもらう予定だが、それでも追いつかないぐらいに業績がよくない。第二、第三の対策が必要だが、まだそれが決まっていない。そんな中、先週は一日おきにネオン街にくり出して一週間で50万円ほど使った。そのレシートの束をカバンに隠しておいたのが今朝、奥様にみつかり、厳しい追及があって平身低頭、謝ってきた。家を追い出されかねない状況で自己嫌悪に陥っているという。
●「やっちゃいましたね」と苦笑したあと、私はこう申し上げた。
「今、この瞬間の気持ちが大切なのですよ」と。せっかくクラブで豪遊し散財してきたのだから、金がスゥーっと減っていくふところの様子を眺めながら男子の鉄腸を鍛える必要がある。あなたの場合、鍛えなきゃいけないその場面で怖じ気づいて退散してしまっているではないか。
江戸っ子が宵越しの銭をもたないといったのは、明日のことを計算して中途半端な金の使い方をすると心をくじけさせるから良くないと教えたもの。稼いだお金を誰かのために使ってあげたのだから、大いに喜ばしい。
50万円のお金をクラブで使えるあなたの豪儀さをほめてあげましょう。
そんなことができる人はそんなには多くない。あとはそれ以上稼げばいいだけだから。
●そんな慰めと励ましも W 社長には届かないのか、ふっきれない様子でうつむいている。
社員のボーナスを減らしていながら、自分だけはこんな無駄遣いをしているなんて許せない、という気持ちらしい。
許せないなら今日からスパッとやめればいい。済んだことをクヨクヨ引きずるのが一番いけないことである。
●こんな逸話も紹介した。
江戸時代、禅僧の師弟が東海道を旅していた。大井川にさしかかったとき、若い女性二人が川を渡れず困っていた。そこで師弟は相談し、その女性を肩車して川向こうに渡してあげることにした。当時のご婦人は着物の下にはなにも着けていなかった。渡し終えて師弟はそのまま京に向かって旅をつづけた。約一時間、ふたりは無言で歩いた。
やがて休憩のために茶店に入った。弟子は団子をたべながらこう言った。「老師、修行中の身であのようなことをして本当によろしかったのでしょうか？」
師は言った。「おまえはまだ婦人を背負っているのか。私はとうの昔に降ろしてきたぞ」
引きずらない、執着しない、妄想しない、今この瞬間に専念することを教える禅的なエピソードである。
●果たしてどの程度伝わったのか分からない。それでも先ほどよりはずいぶん軽い足取りで帰っていかれたようだ。
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【編集後記】
◆昨日は丸の内でいろんな話題がでて楽しかったですね。今日は午後からビジネスクラスでお二方と面談させてもらいます。夜、名古屋入り。
