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山頂で死ぬ

●11月下旬のある日、今年最初の忘年会が終わった。流れるままに二次会そして三次会へ。いや、四次会もあったはずだ。いつしか横にいるのは若い男性一人だけになっていた。失礼ながら、名前もうろ覚えの若者だった。

●「武沢先生、ナイトキャップにちょっとめずらしいBarにご案内したいのですが。すぐ近所ですし」とその若者。

連れられていってみると、ルーマニアビールが自慢のお店だった。名物の「チョルバ」と言われる具だくさんのスープを注文し、とりあえずビールで乾杯した。

●「うん!うまいね、ルーマニアビール!」と私が言うのを無視し、彼は真顔で話し始めた。

「先生、今年もメルマガやセミナーで大変お世話になりました。ちょうど今年、僕は年男だったのですが、そろそろ来年から勝負をかけことになりそうです」
「へぇ、36歳なんだ。で、どんな勝負をするの?」
「まだ内密にしておいてくださいよ」
「当たり前じゃないか。君のことを話して驚く人が誰なのか、僕は知らないよ」
「一応、今の勤務先にはご内密に」
「だから、君の勤務先も知らないってば」
「じゃあまったく安心です」

●彼は来年、今の会社を辞めて中国に渡るらしい。場所は四川省の成都。数年前から現地出身の女性とおつきあいしてきて、いよいよ来年、現地で結婚してカフェを開業するという。

「すごいなぁ。海外で結婚するだけでも大変なのに、起業までしてしまうとは。その勇気に脱帽するよ」

「ありがとうございます。でも彼女とのキューピット役は武沢先生なのですよ」

「え、僕がキューピット?成都の女性を一人も知らないよ僕は」

●彼の話はこうだった。

数年前のある日、私のセミナーを受講した彼は、たまたま隣り合わせた男性が中国語教室の経営者だとわかった。かねてから中国語に興味があった彼は、翌日訪ねてみた。するとそのとき、教室の受付で対応してくれたのが今のフィアンセだったという。
もし私のメルマガを読んでいなければ。もし私のセミナーに参加していなければ彼女との出会いはなかったという。

●「どっちにしても、めでたいことだ。ここは私がおごるから、どんどん飲みなさい」とふたたび乾杯。

どんなカフェをやるのか、将来のビジョンはなにか、などと話が進むうちに二人とも酔いが回ってきた。そのうち、彼がこんなことを口走ったので、私は思わず「いや違う!」と大きな声を出してしまった。

●「武沢先生、あとちょっとで僕も40歳です。人生80年時代だとしても、もう折り返し地点まできました。山登りでいえば、山頂に到達して、あとはダラダラ下っていくばかり。本来は徐々に荷物を軽くしていくべき時に、自分は荷物を増やして行っているのが無謀というか、滑稽というか、本当に大丈夫なんだろうかと不安になることもあります」

●「不安になるのは誰だって同じだし、そう感じるのは君の自由だが、“あとは下っていくばかり”という君の認識は大きく違うぞ。君はいつしかの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見ていないのかね?」

「はい、その番組はほとんど見ていません」

「じゃあ話してあげよう」

<明日につづく>