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長者の子

●先週の金曜日は群馬の伊香保で講演し、翌土曜日は四万温泉の「積善館」さんで一泊した。せっかく四万に来たのだからと、「四万たむら」、「四万やまぐち館」でも休憩入浴し、存分に温泉を満喫してから名古屋にもどった。

●一泊二日で10数回ほど入浴したおかげで完全にデトックスできたようだ。
帰りの新幹線は発車前に眠りこけた。
横浜を過ぎたあたりだろうか、どこかの席から親子げんかの声が聞こえてきて目が覚めた。

●「今この土産の菓子を食べていいか」というようなささいな話題だったと思う。何度かそんなやりとりがあってから、父親が説教を始めた。中学生程度の男の子がそれを聞かないので父は大きな声でたしなめた。なだめる母親。妹は無視してゲームをしている。男の子も反抗期だろうか、なにか口答えしたようだ。
すると父親は「うるさい黙れ!」と息子を平手打ちしたような音が聞こえた。子供はほかの車両に行ってしまった。

●そのおかげで私の目もすっかり覚めたが、彼らの親子旅も台無しになってしまったようだ。
その時、私はインドの旅を思いだした。数年前のこと、ブッダが悟りを求めて旅したゴールデンルートをたどる旅に参加した。

●バスで半日移動し、現地で視察とセミナー。夜は法話を聞いてまたセミナー。時には夜行列車に乗りながらひたすらブッダを追いかけた。

その途中、ブッダにちなんだ旧跡に立ちよるたびに難儀したことがある。
それは、現地の子どもたちがお金を無心するために集まってきたり、何かの品物を売りつけにくることだ。追い払っても逃げても何をしてもまとわりついてくる。その商魂たるや見あげたもので、ついには閉口して小銭をあげたり、何かの品を買ってあげることになる。

●実は、そのことが苦い思い出かというとそうでもない。それどころか、すがすがしい記憶として脳裏に残っている。
それにひきかえ、大人たちの暗さは何なんだと思った。インドでは、キラキラした子どもたちが何年かするとこんな大人になってしまうのか。
まてよ?日本はどうなんだろう。いつしか大人になった私自身は今どうなんだろう?バスの中でそんなことを考えさせられたものだ。

●「五百年に一人の禅師」といわれた白隠禅師は『座禅和讃』の中で次のように書いている。

「長者の家の子となりて、貧里(ひんり)を迷うに他ならず」。つまり、自分が恵まれた家族の一員であることを知らないまま、貧乏人として迷いながら生活を続けることを言う。

●子供のときは知っている。
だから何を見ても楽しく、何をしていてもワクワクし、何を食べても美味しい。
だが、学校で勉強し社会で経験を積むほどに何かを見失っていく。
何を見ても面白くない。何をしても感動しないし他人のやることの欠点や裏側が目につくようになる。何を食べても美味しいとは思えない。

●仏教では人間の根本的な苦しみを「生・老・病・死」の四苦というが、それに次の四苦を加えて四苦八苦という。、

・愛別離苦(あいべつりく) – 愛する者と別離する苦しみ
・怨憎会苦(おんぞうえく) – 怨み憎んでいる者に会う苦しみ
・求不得苦(ぐふとくく) – 求める物が得られない苦しみ
・五蘊盛苦(ごうんじょうく) – あらゆる精神的な苦しみ

●学校で友だちができ、学業が始まると嫉妬や羞恥心や競争心がめばえる。メンツもプライドも出てくる。周囲からは戦争や暴動や犯罪のニュースがどんどん入ってくる。
そうした現実を知っていくこともひとつの「学習」だが、学習をすればするほど子供の時にもっていた「長者の家の子」という思いが薄れ、やがて自分は貧里を迷う人間であると信じ始める。

●そうした誤解や錯覚をふりほどくために座禅を組んだり写経をしたりする。
お互いの幸せにために企画された親子旅が、各自の四苦八苦のためにケンカになり、親子関係が悪化する。

●譲れるものは大いに譲ろう。
「こうあるべきだ」「こうあって欲しい」というこだわりが強いと、それは執着になり、自分も相手も苦しめる。手放せるものは遠慮会釈せず手放そう。

そうすると、かえって何でも手に入るはずだ。なぜなら、私たち全員が長者の子だから。