●「ほな、はっきり言わせてもらいます」と女房のむめのは、しるこ屋の商売はきっぱり嫌だと反対した。それは幸之助がびっくりするほど強い言葉だった。
「さよか、ダメか、そうか・・・」
これでしるこ屋になるプランが頓挫した。
●そのころ勤めていた大阪電灯の上司に提案した新型ソケット案が忘れられない幸之助は、しるこ屋の話から二ヶ月後、ついに意を決した。
「会社を辞めよう。ソケットを、電気器具を製造しよう。万一だめなら再びこの会社にもどって、二度と独立しようなどと思わず、生涯忠実な従業員として働こう」
女房も今度は、「ソケット屋さんは、水商売とは違いますわな」と賛成し、夫婦の挑戦が始まった。
●あとは『神様の女房』(高橋誠之助著、ダイヤモンド社)をお読みいただきたいが、むめのさんという女房がいなかったら神様・幸之助はあり得なかったことが分かるだろう。
●昭和7年5月5日、大阪・堂島の中央電気倶楽部で開催された松下電器の第一回創業記念式典で幸之助はこう発表した。
「産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は値ある物であるが、通行人がこれを飲んでも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供することにある。それによって、人生に幸福をもたらし、この世に楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命もまた、その点に在る」
●本来は決意表明を発表するのはひとりの予定だったが、次々に壇上にのぼって決意を述べていった。
のちに「命知元年」のエピソードで知られる話である。ここに松下電器と幸之助の生きる目的が明示された。従業員は、働く目的を聞かされて歓喜した。
●その「中央電気倶楽部」の5階ホールはその当時のまま存在し、今も利用できる。
9月13日(火)、大阪の「輝き塾」さんで講演をさせていただたいのが、奇しくもその講演会場が「中央電気倶楽部」だった。
★神様の女房
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/6000/89737.html
★原作『神様の女房』(高橋誠之助著、ダイヤモンド社)
→ http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=3006
●おっと、もう8時25分。
途中で急に終わるようで申しわけないが、搭乗が始まったので、今から北京に行ってきます。今夜は北京和僑会で講演です。