●福岡出身のある芸人がまったく売れない。かれこれ三ヶ月仕事がないが、稽古と営業でアルバイトできない。そこで新婚早々の奥さんが意を決して博多(中洲)のスナックで働くことになった。歌がたいへんお上手な奥さんの十八番は、お客と『浪花恋しぐれ』をデュエットすること。
男性客にこんな歌詞でうたってもらうそうだ。
・・芸のためなら女房も”中洲”、それがどうした文句があるか、・・
本当なら笑えない話だが、こうして笑いにかえられる人が最後に笑う。
●18才で単身アメリカに渡った櫻井社長(ネバダ観光)はアメリカ人のユーモアについて行けずに困った時期がある。
あるとき、西海岸のホテルに滞在していた櫻井さん。仕事を終えてエレベータに乗り込んだ。すでに老夫妻が乗っていたが、櫻井さんが乗ろうとした瞬間、ご婦人が右手を差し出して「One dollar(1ドル)」と言った。最初はびっくりしたがすぐにジョークだと分かった。だが何も言葉が出てこない。結局、無言のまま白けた空気が流れた。
先にエレベータを降りる老夫婦。ドアが閉まる瞬間にご婦人がこう言った。
「You have no humor sense」(つまらない人)
●私書箱を開設に行ったときも、隣の私書箱の人から話しかけられた。
「You are navorhood」(あなたは隣人だ)
そのときもニヤニヤするばかりで何も返せなかった。
●予期せぬひと言。しかも英語。そんなとき、とっさにジョークで切り返せるようになりたいと自分を鍛えた櫻井さん。
今では「One dollar(1ドル)」と言われたら「Enough? Cash only?」(それでいいの?現金払いだけですか?」と返せるようになった。
「You are navorhood」(あなたは隣人だ)に何と返すのかはお聞きしていないが。
●古今亭志ん生の『びんぼう自慢』(ちくま文庫)は、氏と夫人との大貧乏生活が描かれている。落語家として一人前になったのだからそれなりの収入はあるのだろうが、何しろ道楽に全部消えるから生活費がいつもない。
●初めての男の子が生まれたときも産婆さんに支払う謝礼がない。生まれたばっかりのめでたい気分ながら、言いにくいセリフを言わねばならない。こういって謝る志ん生。
「実は、申しわけありませんが一文なしなんです。生まれちゃったものを、もとのとおりにするわけにはいかないでしょうから、ゼニのほうを待っていただけませんか」
●産婆さんもあきらめがいい。待ってくれた。
奥さんの財布をソーッとみたら、50銭ぐらいあったからそれを持って駅の近くで鯛焼きを買ってきた。
家へ飛んで帰って志ん生が産婆さんに番茶をいれながら「まぁ、ほんのお祝いのしるしに尾頭付きをめしあがってください」と鯛焼きを出した。
脇の下から汗が出るおもいだったというが、後々になってネタに使っているわけだから、どこかにゆとりがある。
●「中洲」にしろ「1 Dollar」にしろ「鯛焼きの尾頭付き」にしろ、極限に追い込まれた人が語る実話だからおもしろい。そして、それがなつかしい逸話として語れるようになればそれでよし。仮にそのまま人生が終わってしまってもそれでよし、という気持ちが大切だと思う。