●静岡県伊豆市には開湯1200年を迎えた修善寺温泉がある。
良質の温泉が数多くあることで有名で、たくさんの文豪がここを愛した。芥川、夏目、島崎などの作品の舞台にもなった修善寺の由来は古く、かの弘法大師・空海にさかのぼる。
付近の川原で病の父の身体を洗っていた少年のために空海が独鈷で岩を砕いてやり、そこから湯が湧出したのが修善寺温泉の始まりとされているのだ。
●このひなびた温泉街に、我々経営者が注目すべき日本旅館がある。
屋号を『花月園』といい、朝食としてサンドイッチとドリンクが供されるが、基本は素泊まり。
一人一泊 8,025円(個室の場合)、四人一室なら一人6,240円とそれほど安さをアピールしているわけでもない。宿全体では6部屋、20人収容と小ぶりな日本旅館である。
●この『花月園』が、周囲の旅館も驚くほど高いリピート率で常連客の心をつかんでいるというのだが、その秘訣は何だろうか?
同館のこちらのホームページをご覧いただいただけでは秘訣は分かるまい。→ http://www.kagetsuen.co.jp/
●では、実際に宿泊した利用者のこのブログをご覧になるとどうだろう?
★私設 花月園応援団
→ http://nrc.jpn.ph/model/unten/1610/index.html
そう、正解は一目瞭然。「鉄道マニア」が日本中から集う温泉宿なのである。
●日本で最も普及している規格の「Nゲージ」に対応した列車を走らせることができる。もともと旅館のご主人の趣味が高じたものなのだが、鉄道マニアたちは潜在的に鉄道模型を走らせる場所に不満を感じている。
そこでご主人は旅館の中二階にかなり大がかりなレールを敷き詰めた。
富士山もあれば、川の上に橋がかかり、トンネルもある。よくみると、修善寺温泉駅まである。
●また、29畳の宴会場をつぶして作ったコースは「HOゲージ」に対応したもので、こちらは北米やヨーロッパでもっとも一般的な規格である。
『花月園』の宿泊者であれば、誰でも無料でコースを利用することができるのだ。
●普通の鉄道マニアなら、ショップで買ってきたレールセットを自室で組み立てて走らせるのだが、専有スペースがないために二段ベッドのどちらかの段をつぶしたり、空中からレールをつるして走らせようと考えるなど、とにかく涙ぐましい努力をする。
●お金に余裕があればレンタルスペースを借りたり、マニア向けの専門店で走らせるのだが、営業時間の制限があるし、スピードを制限されたり、飲物を持ち込んでの遊びを禁じられたりと、とにかく制約が多い。
●そこへいくと『花月園』では、マニアの気持ちがいたいほどよく分かるので、夜明けから22時まで走らせ放題。制約はなにもない。
旅館の広告宣伝もユニークで、鉄道マニア向けの月刊誌に出稿するという。
●このやり方に方向転換してから宿泊者は1.5倍になった。
「私設応援団」のホームページができてからはファンも自然増殖中で、宿泊者の7割はリピーターになり、1割は毎月利用するというからすごい。
●ファンの中には、実際に鉄道会社に勤務している人も多く、ファン同士の交流に一役買っている。また鉄道会社の人たちの多くは平日休みであるため、宿泊者が平日に流れるのも小さい旅館としては大きなメリットだという。
●定期的に大会を催すなどして、『花月園』がマニアの聖地になり、宿の主人がカリスマになるのではなく、ファンの中からカリスマが何人も登場する。そんなメカニズムが働きだすと、きっとこの宿に宿泊することが周囲に自慢できる、そんな宿になっていくのだろう。
こんなやり方もあるのだ。
※参考:『リピート倍増実例集』
→ http://www.jmca.net/books/repeat/kk.php?&id=249