●昔昔、中国のある街に郭(かく)という名の酒屋主人がいた。最初は客もすくなく、細々と商売していた。そんなすくない常連客の一人に、白いひげを生やした老人がいた。所持金があってもなくても店にきては酒を飲んでいった。郭さんもとやかく言わなかった。
●ある日、白ひげの老人がやってきて郭さんにこう言った。
「明日から友人と旅に出る。黄鶴楼(こうかくろう、仙人伝説の地)で遊んで来る。ところで、ここにある麹(こうじ)をあなたにあげるから井戸に入れてみなさい。井戸水がうまくなるよ」
●郭さんは言われたとおりにした。すると翌日から井戸の水はすっかりおいしい酒に変わり、香気があたり一面に漂って、その香りをかいだだけで人々はよだれが流れた。
●そのうさわは人から人にどんどん広まって郭さんのお店には皆が酒瓶を持って押しかけるようになった。
数ヶ月のうちに郭さんの店は立派な楼閣に建て替えられ、屋号も『翠光楼』(すいこうろう)に改められ、たいそうな金持ちになった。
●そんなある日、白ひげの老人が旅を終えて店にやってきた。郭さんは、ことのほか丁寧に対応した。白ひげの老人は尋ねた。
「井戸の酒はうまいかね」
郭さんはこう返答した。
「とてもおいしいですが、ただ、ブタにやる酒糟(さけかす)がないんです」
白ひげの老人は黙って帰っていった。
●翌朝、酒を買いに来た人が、井戸端でこう言った。
「たいへんだ~。井戸の酒が、もとの清水にもどってしまっている」
おどろいて郭さんも井戸まで行ってみたら、井戸の横にこんな貼り紙がしてあった。
・・・
天高しといえども高からず
人慾は天よりも高し
清水を酒として売り
なお豚の餌にする糟なしと言う
□□題す
・・・
●この日を境に店はまた寂れた。
□□の二文字はたてにあわせると呂の字になる。おそらく呂洞賓(りょ どうひん、著名な仙人の名)だったのだろう。
(『中国昔話集1』、東洋文庫、平凡社刊より)
●この話から、あなたは何をお感じになっただろう。
また、ミーティングでこの昔話をしてみよう。どんな感想を聞くことができるだろうか。