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文体を使い分ける

●「昼の十二時の正午頃、わたしはコントレスカルプとシャンペレとを結んでつなぐS系統路線の公共乗合自動車バスに乗り込んで乗車した。ほぼだいたい満員でいっぱいなので、うしろの後部についている外に開かれた開放デッキに立つと、かなり相当おかしく変な、若い青年がいるのが見えて眼についた。
(中略)
百二十分たった二時間後、わたしはサンラザール駅前のローマ広場で、その若い青年をまたもう一度、見かけて目撃する。・・・」

●もし、あなたが不運にも、こんなひどい文章にぶつかってしまったら、最後までお読みになるだろうか?

私なら文頭の「昼の十二時の正午頃」でもうオシマイにしたい。いや、逆の意味でどこまで稚拙なのか知りたくてつづきを読んでみたくなるかもしれない。

●この文章は何をかくそう、大変有名な作家が書いたものである。

もちろん、ひどい文章の例として書いたものを日本人が翻訳した。
その本は『文体練習 レーモン・クノー』という。

著者のレーモン・クノー氏(1903年-1976年)は、フランス文学界に名を残す作家で、文体に挑戦する人でもあった。

「ある男が、同じ人物を一日に二度見かける」という単純な物語を、99種類の異なる文体で描いた異色作がこの『文体練習』なのだ。

なにしろ一冊3,568円(税込)もするので、読み物として期待して買われると失望する可能性がある。
だが、こんなにも多彩な表現法があるのかと知って驚く一冊なので、費用と時間に余裕のある方は入手しておくのも悪くない。

★『文体練習 レーモン・クノー』
http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=2933

●「皆様、おはようございます。今日はいかがお過ごしでしょうか?」とかしこまって書くときもあれば、

「や~、みんな、おはよう!
どうだい?きょうの気分は。」

の方が場になじむ時もある。何パターンかの文体をこなせるようになろう。

●会話でタメクチが使えない私でも、タメ言葉なら書けそうだ。

「みんなの力をあわせて売上げを伸ばしたい」という気持ちを伝えるのにも99通りの伝え方があると考えてみよう。

たとえば、

・小学生の子供にいって聞かすように書くならば
・思春期の青年たちにつたえるならば
・卒業生や新社会人につたえるならば
・企業の中堅社員につたえるならば
・管理職につたえるならば
・経営者につたえるならば
・金融機関につたえるならば
・株主もしくは株主候補者につたえるならば
・男性向けには
・女性向けには
・在日外国人には
・高学歴な人には
・学歴がない人には
・英語がわかる人には
・数字を駆使したならば
・司馬遼太郎風に書くとすれば
・文豪風(たとえば夏目漱石)に書くならば
・ドラッカー流に書くならば
・中村天風流で書くならば
・村上春樹風に書くならば
・陽気に書くなら
・陰気に書くなら
・比喩を駆使して書くならば
・四字熟語を多用して書くならば
・ミュージカルのように書くならば
・サスペンスのように書くならば

などなど。

●もちろん『文体練習』で取り上げている99種類はそれらとは別のものである。ほんの一部、ここにご紹介しておく。

・びっくり
・夢
・予言
・ためらい
・厳密に
・客観的に
・合成語
・…でもなく
・語尾の類似
・あらたまった手紙
・俗悪体
・尋問
・コメディ
・哲学的
・電報
・古典的
・短歌
・女子高生
・いんちき関西弁

など。

●TPOに応じて文章を使い分けることは、役者が誰かの役を演じるのと似ている。

大丈夫、何の役を演じても渡辺謙は渡辺謙。ロバート・デ・ニーロはロバート・デ・ニーロなのだから、思いっきり演じてみてもあなたは隠せない。