●「早い者勝ち、行った者勝ちという先行者利益がほとんどなくなってきた」と迫 慶一郎(建築家、40歳)。
2000年に中国に渡り、2004年に北京で独立した。SAKO建築設計工社という。30人を超すスタッフは、一人だけ中国人であとはすべて日本人。
★SAKO建築設計工社→ http://www.sako.co.jp/news/news_top_jp.html
●最初のころは中国の建築家から「我々は何が足りませんか?」とよく聞かれた。経験豊富な日本人から学ぶことがたくさんあったのだ。
しかし、今はまったく聞かれなくなった。それどころか、「日本に学ぶことはほとんどない」と言い放つ業界幹部もいる。最初は不快に感じたが、彼らの実績をみると、そう言うのも分かる気がする。この10年間に中国の建築業界がやってのけた大型開発の数々。それは彼らをとてつもなく強くした。何十万平米、いや、時には何百万平米にもなる。そんな超大型プロジェクトでも二週間ぐらいでプランをまとめあげてしまう。街を作っているようなものだが、易々とやりとげる。そんなパワーとスピード感、スケール感には圧倒されるほどだ。彼らはそうした実績がある。自信満々になるのもうなずける。
●今や、中国の建築を見下すことなど決してできない。それどころか、日本の業界も見習わねばならない点がいくつか見つかる。
これは、建築業界だけでなくあらゆる産業で起きていることだと迫はみている。だから、いつまでも同じことをやっているとあっという間に追いつき追い越される危機感があるという。
●迫が北京で和僑会を立ち上げたのも日本と日本人に対するそうした危機感があったからだ。「超」がつくほど多忙な迫がわざわざ日本人起業家のために和僑会を立ち上げることなどほとんど無謀だ。だが、そうせざるを得ない気持ちで会を発足させた。会長や事務局長には、そうした役にふさわしい方をお願いし、自らは副会長に就いた。
●2004年に会社を立ち上げたとき、資本金は10万米ドルだった。手がけている仕事の設計料をあてにして、見切り発車の設立だった。
「北京は建築の実験場」と言われる。世界でも例がないような建築実験が次々に行われている。これ以上腕を振るうにふさわしい場所はないと北京を選んだ。
●いじわるな施主は外国人である迫に向かってこう言う。
「なぜ中国の建築を外国人に頼まなければならないのか?」
そんな時、迫はトウ小平が言った有名な言葉を引き合いに出す。「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という「白猫黒猫論」である。
「中国の建築家であれ外国の建築家であれ中国ブランド建築を作れるのが良い建築家である」、胸を張ってそう言う迫に拍手してくれた中国人もいた。
●迫の仕事は手広い。マンションや複合ビル、学校などの大型物件だけでなく、ブティックやレストランのインテリアも手がける。
当然、施主の依頼内容も様々だ。
・絶対コピーされないデザインにしてほしい
といって手がけた杭州のブティックは真っ白い宇宙船内にいるような不思議な空間に仕上げた。施主もお客も建築業者も皆がアッと驚いた。
「絶対コピーされない」ことに満足した施主だが、次のオーダーの時には「もう少しコピーしやすいものを」と依頼条件を引き下げたほどだ。業績がすぐに30%も上がった。デザインはお店や会社を変える。
●西湖の近くに建つこのお店。観光に来ていた広州のレストランオーナーが来ていてたまたまこの店の前をタクシーで通りかかった。
「ストップ!」と車を止め、店内を巡回。翌日も西湖観光をキャンセルしてお店を見学にきた。そして建築家・迫慶一郎の名前を聞き出し、コンタクトを取った。一年後に彼が作った新しいレストランは迫のデザインによるものだった。
●今では中国全土で仕事をこなしている。最近は中東の資産家から邸宅の設計依頼が舞い込んだ。彼は迫の物件をしらみつぶしに見てまわり、単独指名で依頼してきた。ますます仕事のフィールドが広がっていく迫。
●「仕事できつかったことは?」と聞いてみた。
ニューヨークと北京を二週間ごとに行ったり来たりしていたことがある。時差ぼけになったり直ったりの繰り返しだったから、身体がきつかったと笑う。どうやら体力的にも精神的にも相当タフに出来ているらしい。
●交渉上手な中国人相手に交渉負けすることはないのだろうか?
迫はこうとぼけてみせた。
中国に10年もいるから相手の言っていることは全部分かる。だが、こちらは彼らと同じように話すことはできない。だから、必ず通訳をつけて会話に間を置く。その間があるおかげで交渉ごとを自分のペースにできる。そのあと、友人とご飯を食べに行くときはお互いに中国語で話しているけどね、ハッハハ。
●なぜあなたは中国ビジネスで生き残れたのか?
妥協しない仕事、ギリギリまで考えつくす。アイデアは無限である。
その前提として、施主の話をとことん聞く。
相手の話を聞いているうちにイメージがわいてくればあとは早い。
●支払いが遅れるとか、支払わない会社もあると聞くが、そのあたりはどうだろう?
支払い遅延?日常茶飯事ですよ。とケロッとした表情。
だからリスクヘッジとして高い設計料率を設定し、仕事期間中は施主と現場に張りつく。中国全土に広がる仕事現場のすべてに担当者が張りついているという。それは施主を納得させるため。それが結果的には、支払いトラブルの軽減に役立っているのかもしれない。
●かつて、『AERA』の特集「中国に勝った日本人100人」の一人にも取り上げられた迫。彼の凄み、したたかさ、タフさが全身から匂い立っているようだった。