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続・白井社長の場合

●昨日のつづき

・・・あらすじ(※実話を元にしたフィクションです)

「倒産の仕方を教えて欲しい」と言われ、驚いた銀行の担当者は上司(副支店長)を連れて白井社長の会社へ行った。上司の富田(副支店長)は、白井花江社長の話を聞いて、厳しい状況には違いないが倒産する(させる)状況ではないと判断した。すこし疲れてはいるものの白井社長の業績再興にかける熱意は充分にある。

あとは、富田が提案した四つの課題(リスケ、追加融資、大リストラ、黒字化計画)をやるだけなのだが、経営パートナーが遁走してしまった今、白井一人ではそれが出来そうもない。

窮状を察した銀行の担当者・山田は「私が全部お手伝いします」と申し出た。

・・・

●その日をスタートに一週間で再建計画を作り、リストラを断行した。

三つの麻雀荘をもっていたがその一つを手放すことにした。それは第一号店で、創業時のなつかしい思いがたくさん詰まっていた。
創業時から約20年間にわたって店を手伝ってくれていた仲良しの主婦二人を解雇せざるを得なかった。
実によく働く二人だっただけに、「ごめんね」と解雇を告げたとき、「え、私が?」とキョトンとしていた。その表情が目に焼きついて離れない。彼女たちももうすぐ還暦、このあとどうするのだろう?

●昔、アルバイト時代に解雇されたことがある白井だが、初めて味わう解雇する側の苦痛。それは白井を眠れなくさせた。
夜中の2時ごろに目が覚めると、ストーブもつけずにどてらを羽織り、ふとんの上に正座し朝がくるのをまった。真っ暗な夜空が東から白んでくるのをみると、白井は「もう寝なくていいんだ」と安堵した。
あっという間に10歳老けた。

●会社に行くと玄関に山田が待っていた。

「あれ、あんた早いね、今日は何の用?」と白井。
「社長さん、ほら、今日はA銀行へ行く日でしょ。リスケのお願いをしなきゃならん日ですよ」
「それは分かっとるけど、まさかあんたが一緒に行ってくれるわけじゃないでしょ?」
「いいえ、私がご一緒します。失礼ながら社長さん一人では心配ですから」

●銀行へのリスケ(支払い延期)交渉に他行の銀行マンを伴った。しかもリスケだけでなく、追加融資のお願いもした。それをみて、A銀行の支店長は笑いながらこう言った。

「白井さんも交渉上手ですな、他行さんの名刺をもった方を同席させられちゃ、うちだけ断るわけにはいきませんからな」

●あれから三ヶ月。
一気にスリムな体質になった白井の会社は復活しつつある。
長い間続いていた資金流出がストップし、わずかながらも資金がプールできるようになってきたのだ。
まだ小さいせせらぎのような流れだが、やがて太く強い流れになると思えた。

●そのプロセスでずっと傍観者を決め込んでいた一人の男がいる。

担当税理士の鈴木(仮名、40歳)だった。顧問として毎月一度白井のところにやってきて帳面をみていく。当然、鈴木税理士は今回の出来事のすべてを白井から聞いて知っている。
しかし彼は、「ま、どこも大変ですし、がんばるしかないですね」とだけ言って、いつも早々に帰っていく。

●今日もそうだった。帳面チェックを終えて試算表をプリントアウトし、それを白井社長に手渡して帰ろうとした。

白井は鈴木を呼び止め、こう言った。

「ちょっと鈴木さん、待ってよ。あんたの仕事は何なのさ?帳面をつくることだけ?それだけだったら何万円も毎月払わなくても経験のあるパートさんに来てもらえば出来るんだよ。顧問税理士さんが顧問を名乗れるのは、困ったときに助けてくれるからじゃないの?」
「あ、ええ…」
「あんたこの三ヶ月、何してくれました?」
「…」
「なんにもしてないよね」
「…」
「顧問税理士を名乗る以上は、少なくとも顧問先の社長と経営のお話を毎月したらどうなの?あなたはいつも帳面だけみたらそそくさと帰る。好調な会社ならそれでもいいけど、不調なときや苦しいときこそあなたの出番でしょ。銀行さんは今回、きっちり協力してくれたけどあなたはずっと傍観者。そんなことでいいと思ってるの?」
「…」

●「ちょっと、黙ってないで何とか言ったら…」と言おうとしたら、鈴木の様子がどうも変だ。目のまわりが真っ赤になっている。泣いているようだ。
白井の主張に何も返答できない自分が悔しかったのだろう。やがて、ふりしぼるようにこう言った。

「社長さん、ごめんなさい。本当に何もできませんでした。こうした時の経験がない自分が情けないです」

「しようがないね…」
今度は白井が黙った。鈴木は一回大きなため息をつき、こう続けた。

「社長さん、せめてものお願いがあります」
「なに?」
「僕の顧問料を下げて下さい。半額で結構です、一年間半額に下げてください。一年たっても苦しかったらその時はクビにしてください」
「クビ?あんたがそれで納得できるんだったらね」
「納得できます。そうさせてください」
「じゃあそうしよう。でも私にも誇りがある。一生懸命やってくれてるあんたを一年も半額で使うつもりはない。半年でいい。半年だけ半額にさせてちょうだい。そのかわりその半年の間にうちが利益がでる方策をうんとたくさん教えてくださいな」
「わかりました。ありがとうございます」

●その後のことはわからないが、今回の措置はとりあえずの延命措置としては効果があったようだ。しかしあくまで時間稼ぎの方策にすぎない。
お客が増え、安定して黒字が出て現金収支がきっちりプラスになる仕組みを作るのはこれからの課題である。

●最近も白井社長とお会いした。そのときは世間話しかしなかったが、目に光があったので何かの手応えをつかんでいるのだと思う。