●座敷の目の前が隅田川。ひょいと見ると駒形橋がかかっていて、その向こうには東京スカイツリーが500メートルを超す高さまで伸びている。ここは鰻の老舗「駒形前川」。ある方との忘年会でやってきたのだが、早めに着いたおかげで望外の景色を堪能することができた。
●「駒形前川」は江戸の文化・文政年間から200年続く名店で、川魚問屋だった初代・大橋勇右衛門が鰻料理屋に転じたお店。
高村光太郎や池波正太郎が愛した店で、ほんのり甘くてアツアツのう巻きが日本酒によく合う。締めに登場したうなぎの蒲焼きは関東風に蒸してから16回焼き直す手間のかけようで、しんなりした食感に控えめな甘さが絶品。
●熱燗を差しつ差されつ頂戴し、「あとは芸者に小唄でも唄ってもらったら最高」などと思っていたら、「武沢さん、表に芸者を待たせています」
●「ウソでしょ」と恐る恐る玄関まで出てみたら、その方の若奥様が人力車を用意して我々を待っておられた。
「え、どうなってるんですか?」
「武沢さんにはこれにお乗りいただき、二次会のお店までご案内いたします。私がお供させていただきます」と奥様。
すごい演出にドギモを抜かれた私は何を言ってよいのか分からず、「いやぁ、恐縮です。浅草にも人力車があるんですね、しかもこの時間に乗れるとは・・・」と的外れなことしか言えなかった。
●「二次会のバーは近くにあるのですが、せっかくですから下町散策をしながら向かいましょう」と浅草寺周辺の隠れスポットを巡りつつ、30分かけて吾妻橋近くのバーに入った。
●「いやぁ、良い体験をさせてもらいました」と言いつつ店内に入る。
オシャレでゆったりしていて、忘年会の二次会としては最高の雰囲気だ。
空いてる席に座ろうとしたら、「こちらです」とスタッフが手招きした。それは奥にあるVIPルームだった。10人以上入れる個室を3人で使う贅沢さ。
「御礼に」と、覚えたての下手くそなマジックをご披露しながら、あっという間に夜がふけていった。
私の12月8日に新しい歴史が加わった。思い出に残る忘年会に感謝したい。
●帰りのタクシーで余韻に浸っていたら、iPhoneにショートメッセージが入った。バンコクからS社長が来日されたようで、「夕方、東京に着きました」とある。「富士山が真っ白で最高でした。雪富士も良いものですね」と続いていた。
私も同じ日に同じ富士を見たが、S社長とまったく同じ気持ちで富士をながめた。
●「来てみれば さほどでもなし 富士の山 釈迦も孔子もかくやありなん」と村田清風(幕末の長州藩士)が詠んでいる。
「さほどでもなし」とは、村田はいったいいつの富士を見たのか。冬の富士の艶やかさを見てみろ、と彼に言いたい。歌舞伎役者のように真っ白に化粧した真冬の富士は見るものを圧倒するはずだ。
●帰宅後、水を飲みながら「駒形前川」のホームページを見た。いろいろ見ていくうちに、あるグルメサイトで低い点数をつけられているのをみてビックリした。
「お前たち、本当に行ったのか?店のどこを見てきたんだ。ファミレスじゃないんだぞ。お前たちも村田清風気取りか!」と評価者たちをなじった。
●だが、冷静にこうも考えてみた。
富士は富士であり、見る人の感想に関係なく富士である。
だが、老舗の名店は客があっての老舗であり、客の評価が店の存続を決める。
「お前たち、どこを見てるんだ」と言えるのは客同士だけであって、お店はそれを言えない。それは厳しい掟だ。
老舗には老舗にしかない魅力があるので、現代の人にも高い評価をされるように変身し、あと100年でも200年でもがんばっていただきたいと願う。ファンとして声援をおくりたい。
がんばれ老舗!ありがとう老舗!
★「駒形・前川」 http://www1.odn.ne.jp/unagimaekawa/