●人生の転機になるような一日を生涯で何日作ることができるかが勝負ではなかろうか。
あなたはそうした日を何日思い出せるだろうか?私の場合はこんな感じである。
・◎22歳の10月(人生計画の本を読んで目ざめた)
・◎24歳の9月(O社への転職を決めた)
・◎31歳の夏~冬の3日(SMIを買った、婚約した、独立を決心した)
・◎41歳の5月(コンサルタントとして独立開業した)
・○42歳の秋(中小企業家同友会で経営指針講座を担当し始めた)
・◎46歳の夏(メルマガを創刊した)
・○47歳の春(広告事業を始めた)
・○48歳の夏(初めて仕事で中国へ行き、頻繁に訪問するきっかけに)
・○48歳の秋(初めて本を書いてかなり売れた)
・○50歳の春(香港で和僑会が立ち上がった)
「◎」は、それがなかったら今はまったく別の人生を送っていたかもしれないほどの転機である。本来なら、なくてはならない人との出会いも書くべきだが、ここでは割愛する。
●こうした「人生を変える運命的な一日」はどのようにして始まるのかを思い出してみよう。そうした日は、朝からやる気があって、早く出社し、高い集中力で仕事にとり組んでいた日ばかりとは限らない。
その真反対に、朝からテンションが低く、散漫な気持ちにしかなれない日でも人生を変える一日になることがある。私の場合は、コンサルタント独立の日は朝からひどく落ち込んで迷っていた。
●そういえば、先日、なつかしい同級生が遊びにきた。三年ぶりに再会するF君で、デザイン事務所の経営者としてがんばっている。
「やぁ武沢、久しぶり。毎日あなたのメルマガ読んでるよ。最近の記事では、【人生そのものが落語】という落語家の話、あれ、面白かったねぇ。僕がうちのスタッフに日頃から言ってることと同じなので、全員に転送してミーティングの材料にしたよ」と言う。
●F君は機械設計の専門学校を卒業してすぐに工業デザインの会社に就職した。
「デザインの勉強歴がゼロだった僕は、最初の2年間はお茶くみと雑用しか任されなかった」というが、入社してすぐにデザインの魅力にとりつかれたらしい。
やがて独学でデザインを勉強し、先輩の仕事を盗んでいった。三輪車とランプスタンドのデザインが会社に認められ、20代半ばで早くもクライアントからご指名が入るデザイナーとして会社を引っぱってきた。
36歳の誕生日に独立して今の会社を起こし、10名近いスタッフを使うまでに成功している。
●「落語の話のどこが面白かったの?」と聞いてみた。
「僕は日頃からスタッフに、絶対にサラリーマンになるなよ、と言っているんだよ」とF。
「だからスタッフには、”社長”とか”先生”とは呼ばせない。”さん”付けで呼ばせてる。でも、ま、そんな形式的なことよりも大切なことは、意識の問題だよ。だまっていても仕事は自然にもらえるもの、給料は自動的に銀行に振り込まれるものという意識を取り払わねばと思ってきた」
●「それはどこの会社も同じ悩みだよ」と私。
すると、彼は意外なことを言った。
「最近の若い奴は『下流志向』を持っているらしい。昔だったらダメサラリーマンと呼ばれたような、無欲・無気力な生き方が主流になっていて気概がないことおびただしい。だから、先日のメルマガの落語名人みたく、人生そのものが落語という生き方をうちのデザイナーにも求めたい。人生そのものがデザイン、人生そのものが創造力だという生き方をね」
●「それは結構なことだが、具体的にはどんな教育をしているの?」と聞いてみた。
「いわゆる社員教育というやつだけでは追いつかないので、一年前に全員を解雇し、個人事業主にしてしまった」という。
「え、全員解雇?」
「そう。雇用契約ではなく、専属業務委託契約にした。会社に来てパソコンを立ち上げて、その前に座っていたらそれが【仕事中】で、新幹線やタクシーは【移動中】、誰かと酒を飲んでるときは【オフ】という時間の色分けをやめてほしい。全時間クリエイターであってほしいから」
●「なるほど、大胆なことをするね。そういえば、先日テレビでこんなのがあったな」と私。
それは、NHK教育テレビ『ギフト~E名言の世界~』で講師役をつとめるロジャー・パルバース氏(劇作家)の話である。
・・・
ロジャー氏は、23歳で初めて小説を書きあげた日のことを今もはっきり覚えているという。それは42年前、京都でのことだった。作家志望としてフリーになっていた氏は、その日、朝からとてもアンニュイな(けだるい)気分で、やる気が全然起きなかったという。
「今日も仕事ができないな」と思っていたら、午後になって急に大きなインスピレーションが湧いた。すぐに机に向かって執筆を開始し、結局、その日一日で初めての小説を一気に書き上げてしまったという。
それがロジャー氏にとっての作家デビューの日になった。
その体験から学んだことは、”やる気と創造は別問題。やる気が湧かない日でも創造はできるだ”ということ。
やがて何年かして結婚し、家庭をもったロジャー氏。
ある平日の午後、何をするわけでもなく自宅リビングのソファに寝そべっていたら、子供が近寄ってきてこう言った。
「お父さん、どうしたの?仕事しないの?」
すると、ロジャー氏は唇に指をあててこう言った。
「シー、今お父さんは仕事中だよ」
・・・
●仕事に人生をかけている人にとって、全時間が仕事であり遊びでもある。しかも、自分の気分と創造力は別ものだ、というお話。
手帳に何かをメモしたF君。「いい話を聞いた、武沢、また来るよ」と慌ただしく帰っていった。