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続・絶対積極


●今日は昨日に続いて、『絶対積極』(ぜったい せきぎょく)について書きたいが、まずは、最近こんな出来事があったことを紹介したい。

ある会合の懇親会でのこと。
乾杯するやいなや「ちょっと聞いて下さいよ」とA専務(35歳位)が何かを打ち明けようとしている。

我々は会話をやめて、Aさんの方をみた。

「え~、発表します。実はこのわたくし、今日発表の宝くじのロト6で4等(12,100円)が5口も当たっちゃいました~」という。
「お、すげぇ」、「今日はお前のおごりだぞ」という声が起こった。

●Aさんは笑顔でこう続けた。

「実は先週までは、仕事でもプライベートでもちょっとした不運が続いてへこんでいました。もう嫌になるぐらいで、客先から100万円近い不渡りを喰らうは、子供は学校へ行きたがらないは、かみさんは携帯をなくすは、カーナビで近道通ったつもりが工事中で渋滞にまきこまれて商談に遅れるは、旅行の出国ゲートに並んでいたら僕の前で突然閉鎖されるは、よくもまあ、これだけアンラッキーが続くものだと参っていたんです。でも今日からようやく僕にも運が向いてきそうです。ありがとうございます!カンパーイ!」

●かなりうれしそうにしておられる。その時は黙っていたが、ほとぼりがさめた頃、私はAさんにこんな嫌味を申しあげた。

「ロトの当選おめでとう。それは同慶の至りではあるが、そんな10万や100万の尺度で自分に運があるとかないとか思わない方がいいよ。もっとスケールの大きい人間になろうよ。座興のために話題を提供してくれるのはありがたいことだが、もし本当にこれで運が向いてくると考えていたら大間違いだ。そんな他人任せのクジであなたの運が上がったり下がったりしていてはたまったもんじゃない。それとは無関係に、あなたはすでに強運の持ち主だよ」

●Aさんがきょとんとしているので、私はこう続けた。

「自分の運命は自分で支配しようよ。運も不運も含めて我が手の内にある。なにより、今こうして我々は人間としてこの平和で豊かな日本に生まれてきた。幸い、健康で元気に生きている。素晴らしい奥さんと子供にも恵まれ、会社では次期社長として誰もがあなたの活躍を待ち望んでくれている。この会合でもすすんで世話人を引きうけ、皆を盛りあげようとリーダーシップを発揮しているし、皆もあなたに感謝している。何てAさんは恵まれた人生なんだと他の人は思うはずだよ」

●神妙な面持ちでAさんはこう言った。

「ありがとうございます。たしかに見ばえはそうかもしれません。でも現実は問題だらけなんですよ。親父(社長)とは少し確執があるし、子供も目が弱くてかなり心配です。そっちのことを考えると自分が幸運な人間とばかりは思えないんですよねぇ」

●「そこまで言うのなら、じゃあ一度、幸運度測定器で計ってみたらどう?」と私が冷やかすと、「え、そんなのがあるんですか?」とAさん。

あるわけがない。
幸運なのか不運なのかは、客観的な尺度で計れるものではない。極めて主観的なものである。しかもそれは、本人の選択の問題だ。

●いついかなる時でも、どんな状況や境遇に自分が置かれたとしても、積極的な態度を保持できるのが『絶対積極』である。

絶対積極の心を養えば、不運や不幸は一瞬にして消えてなくなるはずだ。

積極的心構えは、読書やセミナー受講だけで得られるものではなく、日々の自己鍛錬が必要となる。
座禅や瞑想、呼吸法、写経、天風さんの本に書いてある自己鍛錬法など、自分にあったやり方で毎日自分を鍛える必要があるだろう。

●また、大いなる志や理想も必要となる。

目線を落として不安な気持ちで一日を過ごすのか、理想にむかって信念をもって突き進むのかは、自分で選べるということが分かる。つまり、自分の気持ちや感情は自分で選択できるということが分かるのだ。

そうなったとき、心の操縦士はあなた自身になる。それを知らない人にとっては、心の操縦士は他人や状況というものになる。

●『絶対積極』(ぜったい せきぎょく)と『積極一貫』(せきぎょくいっかん)の精神は社長にとって不可欠だろう。いや、人間にとって不可欠なものだと私は思う。

●この精神をもっている人は希有である。希有ではあるが、私が見るかぎり次のような明確な特徴をお持ちである。

・グチや不平不満を言わない
・いつも笑顔とユーモアがある
・周囲への感謝やねぎらいがある
・人間の好き嫌いが少ない
・姿勢がよい
・年齢や寿命、健康状態のことをあまり話題にしない
・よく食べ、よく飲み、よく眠る

いかがだろうか。