●昨夜の【がんばれ社長!学院】公開スクーリングin名古屋には30名の方にお越しいただいた。
この公開スクーリングでは『がんばれ社長!教材』に沿った形で私が講演するのだが、その前のスピーカー・学院事務局長の広瀬進二さんの講演が興味深かった。
脳のメカニズムの話のあと、「1万時間の法則」に言及されたのだ。
●1万時間の法則とは、ご存知、『天才!成功する人々の法則』(マルコム・グラッドウェル著、講談社)に出てくる新説。
生まれつきの天才などいない、あるのは1万時間打ち込んだかどうかの差だけであることを実例つきで紹介している好著である。
●ビートルズもビルゲイツも天才のように言われているがマルコムによれば、好きなことに1万時間打ち込む環境が彼らにはあったからだという。そのあたり、少しだけ要約抜粋してみよう。
・・・まず注目すべきは、ビートルズがアメリカに進出するまでにどれくらい時間がかかっているかということだ。レノンとマッカートニーが一緒に演奏を始めたのが1957年。アメリカに上陸する7年前である。
ついでに言えば、二人の出会いから最高傑作といってまず間違いないアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド』や『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)の発売までが約10年。
1960年、まだビートルズが売れる前、ハンブルグ行きの話が持ち上がった。あのころハンブルグにはロッククラブはなく、ビートルズが出演したのはストリップ劇場だった。ジョンレノンはある雑誌のインタビューでその当時のことをこう話している。
「(ハンブルグで)演奏もうまくなり、自信もついた。一晩中演奏していたんだから、嫌でもそうなるだろう。客が外国人なのもよかった。観客にわかってもらおうとますます必死に全身全霊で努力した。リバプール(彼らの本国イギリス)では一時間のセッションしかしたことがなかった。当然演奏はいつも同じで得意な曲ばかり。でもハンブルグでは一日8時間もステージに立たなくちゃならなかったから、新しいやり方を見つける必要があった」
結局、ビートルズはハンブルグを五度訪れ、最初は106晩、二度目が92晩という具合に、合計で270晩ステージに立っている。
1964年に爆発的大成功を収めたときには、すでに約1200回もライブをこなしていた。
当時のメンバー、ピートベストはこう述べている。
「ハンブルグに行ったころはたいした演奏じゃなかったが、帰ってきたころには本当に素晴らしくなっていたよ。学んだのは体力だけじゃない。ものすごい数の曲も覚えなくてはならなかった。思いつく限りのあらゆる曲を。ロックだけじゃない。ときにはジャズでさえ。それ以前はステージで鍛えられていなかった。だけど帰ってきたとき、ザ・ビートルズは他のどんなバンドとも違っていた」
●ビル・ゲイツについても同様のデータをあげて1万時間の法則を展開し、「彼らの経歴を本当に際立たせているのは、驚くべき才能ではなく、驚くべき好機である」と結んでいる。
●驚くべき好機を作りだすためには、私はかねてより「偉大ゾーン」を自覚し、そこで勝負しようと申し上げてきた。
好きで得意でご飯が食べられることを極めようというわけだが、これからは、「極めるとは1万時間打ち込むこと」と説明すべきかもしれない。
●「なるほど、1万時間か」と思いながら私も今まで何時間ほど原稿を書いてきたかを計算してみた。
メルマガ創刊の2000年8月をスタートとすると、
・メルマガ原稿2,410本×2.5時間/1本=6,025時間
・号外広告原稿 700本×1時間=700時間
・他社への投稿原稿 300本×0.5時間=150時間
・本の執筆 1冊あたり20日間×10時間/1日×5冊=1,000時間
合計 7,875時間
ということになり、まだ1万時間に届かない。
あと2,200時間足りない。これから一日4時間の割合で書くとすると550日、あと2年かかる。もっと書かねば。
●ビートルズやビルゲイツたちと同じラインに立ってみたい。そのためにはもっと書く。もっと書くためにはもっと読まねば。
これ以上無駄なことはやっていられない、と思う夜だった。