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続・信さんの最中

●まず、一昨日のおさらい。

「信さん最中」(しんさん もなか)の若き主人・信さんは自慢の最中を作っている。食べたお客のほとんどが「おいしい」と絶賛してくれるが、その割には売上げが伸びない。困って平賀源内さんに相談に行ったところ、今の25倍の売上げにあたる一日500個売れると言ってくれた。しかも三ヶ月以内に。

●仕事を引き受けた源内さんの方にも勝算はあった。
なにしろ「信さん最中」はうまい。味だけでも充分勝てるし、主人にも大切な「情熱」がある。あとは、「売れる理由」を作るだけだ。

・節分の恵方巻き
・バレンタインデーのチョコレート
・母の日にカーネーション
・夏場の土用の丑にうなぎ

のように、「○○の時には信さん最中を贈ろう・食べよう」という状態にしたい。どうしたものかとあれこれ考えたが煮詰まってしまい、気分転換に吉原へ繰り出した源内さん。

★「がんばれ社長!」4月26日号
→ http://www.e-comon.co.jp/magazine_show.php?magid=3113

●では、つづき。(完全にフィクションです)

吉原での源内さんは、遊女が格子ごしに客を誘う「張見世」(はりみせ)などには行かない。豪商や大名、旗本などが上がる高級な「大見世」(おおみせ)の常連だ。まずは茶屋でなじみの太夫を呼んだ。
二時間ほど待たされて太夫がやってきた。再会をなつかしんだ源内さんだが、あまりに久しぶりの登楼のせいか、太夫の機嫌がすこぶるわるい。気まずい座の空気をまぎらわそうと座敷遊びを太夫に提案し、さっそく芸者と幇間(たいこもち)を呼び、料理と酒をどんどん持ってこさせた。
芸者といえば男の仕事だが、最近は女芸者というものが流行っているらしい。源内さんは「両方呼んでおくれでないか」と頼んだ。

●結局、飲めや唄への大騒ぎは朝まで続いた。

「やっばいなぁ。気分転換どころか、二日酔いで激しい頭痛がする。
あ、もうこんな時間だ、早く戻らないと信さんが来る」。

見世で出された朝がゆをかきこんで、源内さんは篭かきを急がせた。
屋敷に着くと、すでに信さんが待っていた。

源内:いや、すまぬ。少々野暮用があってな。待たせてしまった。
信さん:(源内さんの酒くささを我慢しながら)へ、こちとらは、まったくでぇ丈夫でやんす。全然いそぎませんので。それより、先生、最中の件ですが、なにかおもしろい案ができましたでやんすか。
源内:(まずいなぁ、何もできてない)
ま、あわてるでない。その前に茶でもいれて信ぜよう。今日は「信さん最中」はないのか?
信さん:もちろんここに持ってきております。どうぞ先生、何個でもお召し上がりなすって。
源内:では、二個ほど所望いたす。そうそう、厠へ行かせてもらうぞよ。
(奥にむかって)お~い、お茶。

●トイレに座って源内さんは頭を抱え込んだ。
「信さん最中」を25倍売るための知恵をひねり出そうとするが、頭痛がひどくて3秒以上ものを考えることができない。
今日のところは信さんに帰ってもらうしかない。だが、そんなことをして万一、契約解除になれば収入も減るし汚名が広がる。江戸は狭いので、変な噂が広まれば、あっというまに信用をなくしてしまう。

「困った、どうする・・・」

●30分ほどして座敷にもどると、源内さんは正直にこう言った。

源内:信さん、すまぬな。(わしの空気を察して今日のところは引き取ってほしい)
信さん:いえいえ、まったく大丈夫で。
源内:(お、察してくれたのだな。助かった)
信さん:・・・・
源内:(まったくわしは)セップクモノダナ
信さん:え?
源内:切腹ものじゃと申したのじゃ。
信さん:なるほど、それはどのような最中なんで?
源内:(え、最中?はっは~、そうか。どうやら「切腹最中」と聞こえたようじゃな。ま、今日のところはそれでもいいか。ダメなら次回に別のアイデアをだせばよい)
わしが考案した「切腹最中」とはな、文字通り切腹の最中じゃ。
信さん:「信さん最中」ではなく、「切腹最中」という商品名で行くのでござんすね。ずいぶん大胆なネーミングですが、形は従来どおりのものでよござんすか?
源内:いや、切腹したかのように中のものが外に飛び出しているのが良い。
信さん:なるほど~、あんこが外にあふれ出ているのですね。いや、たしかに面白そうですが、先生、ちょっとブラックジョークがきつ過ぎるんじゃありませんか。

●源内さんによると「切腹最中」は、謝罪のときに持参する最中だという。

・詰め腹をきってきました
・これが当家主人の今のいつわらざる気持ちです
・これが私流のけじめのつけ方です

などの言葉を添えて手渡すと効果てきめんと源内さん。
あとは、いかに切腹を表現した最中を作るかが最後の勝負だ。

●「分かりました。やってみます」と信さんが翌週に持参した最中がこちらの『切腹最中』。

★切腹最中 http://www.shinshodoh.co.jp/shohin/index.html#ajikoyomi

この最中は発売と同時にアッという間に評判となり、しかも期待していなかった味の方も「意外にうまい」と好評で、「切腹最中」は平成のこんにちも売れ続けています。

おしまい。

<武沢注釈>

本物の「切腹最中」は、大正元年創業の新橋・新正堂さんで売っています。本フィクションとはまったく関係ありません。

新正堂さんの場所が、「忠臣蔵」の起こりとなった浅野内匠頭がお預けになり切腹された田村屋敷跡にあり、「忠臣蔵」にまつわる数々の語りぐさがこの菓子を通じて、皆様の口の端にのぼればという思いを込めた商品だそうです。
謝罪用に買う人のために、お詫びの短冊まで用意してくれます。

私のオフィスの近所なので時々買って食べています。最初はネタに買ったのですが、「意外」にうまいので味わうために自分用に買っています。