●これは時代考証も何もない江戸時代をベースにした架空の物語。
こだわりの手作り最中(もなか)屋のご主人、信(しん)さんのサクセス・ストーリーである。
●「うちの最中は小豆も上等だし、皮だって香ばしくてうまい。食べた人はみな例外なく “すごくおいしい” って言ってくれるのが自慢なんだよ。だけど、ひとつだけ困ったことがあってね、それはね、さっぱり売れないことなんだよ。美味しい美味しいってお客さんに言ってもらってるのに儲からない。世の中、うまくいかないもんだね」
●信さんがそんなグチをこぼしていたら、かみさんの親父さんがそれを聞きつけてやってきた。
「信さん、商売の具合があまり良くないと聞いたが、どうだね?」
「おやっさん、面目ねえ。稼いだお金をうちに入れられない状態が続いていて、かみさんに頭が上がらねえんで」
「お前さんが一生懸命にやっているのは私も認めるよ。職人から独立して商店主になってまだ一年目だ、あなたもグチをこぼすヒマがあれば、汗だけでなく知恵をつかって商売なさいよ。何なら、いちど平賀源内さんに相談しておいでよ」
「え、源内さん?夏場に売れなくて困っていたうなぎをバカ売れする商品に変えちゃった、あの源内先生?」
「そう、よく知ってるね。発明家だけでなく天才マーケッターとも言われているお方だよ」
「おやっさん!うちの最中が売れるためだったら何でもするつもりだい。ましてや源内先生に会わせて下さるなんて願ったり叶ったり。すぐに飛んでいきますんで、ぜひ橋渡しを」
土用の丑のうなぎみたいに、信さんの最中も売れるのだろうか。
●さっそく翌日のこと。ここは源内先生のお屋敷。
源内:(信さん持参の『信さん最中』をペロッと二個平らげ、お茶をすすりながら)うん、馳走になった。たしかに美味いぞよ。わが輩の記憶ではベストテンに入る最中といえる。
信さん:ベストテンですかい?
源内:不満そうじゃな。じゃ、言い換えよう。”屈指の最中”でどうじゃ。
信さん:ふぅ、屈指ですか。一番じゃねえんですね。いったいどこのが一番なんで?
源内:それは分からぬ。十指に入る最中になると、いずれも甲乙つけがたいもんでな、うかつにどこが何番などとは言えるものでない。それに、そんな順番など売上げには関係ない。
信さん:では、売上げに関係するのは何なのでしょう。味に関していえば、うちの最中はどこにも負けるつもりはねえんで。
源内:それは分かっておるが、まずは貴公のその味へのこだわりを捨てることだな。そのこだわりを売上げへのこだわりにシフトしなさい。言い換えれば、職人根性から経営者意識に変えるんだよ。
信さん:根性を意識に・・、おっしゃる意味がよく分からねぇ。
源内:最近、あるハンバーグ・ステーキ・レストランでこんなことがあった。味に大変うるさいご主人が納得するハンバーグを出していたのだが、売れなくて困っておった。そちに似ているな。苦心惨憺して味を改良しても売れないので、困り果ててここへやってきた。そこで、私のアドバイスを受け入れて味と店作りを改良したら飛ぶように売れだしたわい。今や、株式上場店舗になっておる。味がうまければ売れるわけではないのだよ。
信さん:味を落としたらよろしいんで?
源内:そもそも、味は落とすものでも上げるものでもない。お客に合わせるものだ。それにお客が買うものは「味」だけではないぞよ。時間や空間やサービスなど総合力でお店を買っているのじゃ。
信さん:最中もそうですか?
源内:最中でいえば、「味」や価格以外に素材、物語、話題性、必然性、趣味性などの総合になるだろう。
信さん:へえ~、総合ですか。
源内:ところで、貴公の最中はどれぐらい売れれば満足するのだ?
信さん:ええ、1個でもたくさん売れればありがてぇ。できれば今の10倍売りてえもんで。
源内:数を申せ。
信さん:一日200個売りたい。
源内:(瞬時に)引き受けた。一日500個を三月以内に売らせて進ぜよう。
信さん:え、500個も。そ、それは真剣におっしゃってるんで。
源内:わしはいつも真剣じゃ。その変わり、そちにもやってもらうことが多いぞよ。
信さん:とっくに覚悟はできておりやす。では今日から三月以内に500個、先生、オネガイシマス。謝礼はいかほどご用意すればよろしいんで?
源内:契約業務は別室にいる秘書とやっておくれ。
信さん:へ、わかりました。さっそくそちらへ行って参りやす。
●その日から源内先生は考え続けた。
たしか、「信さん」とか言ったな。しんさんだけに辛酸をなめてきたのだろう。
あの「信さん最中」の味は勝てる味をしておった。勝てる要素のうちの大切なものの一つはすでにもっている。それに彼には「情熱」というもう一つ大切なものももっている。
あとは、信さん最中が「売れる理由」だけだ。
●葬式まんじゅうが葬式のたびに売れるように、何かのたびに売れる商品をもつと強い。まずは、他の商品でどのようなものがあるのかを書き出してみよう。
特別な日に限定したもの。
・節分の恵方巻き
・バレンタインデーのチョコレート
・ひな祭りに菱餅と白酒
・こどもの日にちまき、柏餅
・母の日にカーネーション
・夏場の土用の丑にうなぎ
・クリスマスにチキンとケーキ
・大晦日の年越しそば
また、特別な状況に限定したものとしては、
・葬式にまんじゅう
・引っ越しにそば
・結婚式の引き出物にバームクーヘン
・お祝いごとや運動会に紅白まんじゅう
・コーヒーにクリープ、ブライト、スジャータ
・カレーに福神漬け
・ご飯に味噌汁
・遠足にバナナ
おっと、後半は脱線した。
だが、これらの商品はたしかに需要を創造しているが、供給も多いはず。特定のどこかの店が儲けているわけではないようだ。
業界全体が活気を帯びれば、かならず儲かるお店も出るがその一方で、損するお店もあるはずだ。
できれば、○○の時には「信さん最中」を贈ろう・食べよう、という状態にしたい。
●アイデアマンの源内先生はホワイトボードに次々にアイデアを書いていった。
『信さん最中 売上げ激増作戦!』
◇12色か24色の天然色クレヨン最中
・・・女性に「カワイー!」と言われるだろうが、それだけかも
◇人形焼きをパクって「人形最中」
・・・人形焼き業界から怒られそう
◇わら人形最中
・・・誰かをのろってやりたいとき、最中に打ち付けるオモチャ
の五寸釘も付いている。ちょっとブラックがきつすぎるか?
◇仏像最中
・・・ゴリヤクはありそうだが、仏像を食べちゃうのはまずいだ
ろう
◇あかちゃんが無事生まれてくるところをあしらった「出産最中」
・・・あかちゃんを食べちゃまずい
◇就職祝いに「社会人すごろく最中」
・・・すごろくに遊びほうけて最中がいたみそう
◇結婚周年や学校周年、企業周年に「記念最中」
・・・記念をかたちにするのがむずかしそう
◇自分で最中作りを楽しむ「最中組み立てキット」
・・・楽しそうだが面倒くさそう、早く食べたい
●いかんいかん、こんな思いつきを書き殴っているだけでは発想にまとまりがつかない。もっと本質的なことを考えていこうと源内さんは考えた。
気づいたら、明日は契約一ヶ月経過しての中間ミーティングの日。信さんがやってくる日なのだ。少しはアイデアをまとめておかないとまずいのだが、まとまらない源内先生。
こんな日は、吉原へ繰りだして気分を変えるに限ると駕籠をよんだ。
<明日につづく>