●メルマガを発行していて手応えややり甲斐を感じることがたくさんあるが、予想もしていなかった読者からメールを頂戴することも楽しいものだ。
『サービスの達人』について昨日書いたところ、銀座のキャバレーで働くある女性読者からメールを頂戴した。
●彼女はプロとして本職を持つ方だが、それだけで食べていくのがむずかしくなり、銀座のキャバレーでアルバイトを始めたそうだ。
「この規模のキャバレーは都内にはもうここしか残っていない」そうで、ホステスはプロよりも20代のアルバイトが多いが、幹部によるホステス教育もしっかりしているお店だという。
●昨日のメルマガを読んで今の仕事に励みがもてたそうで、思わず感謝のメールを送って下さったとか。ありがたいことである。
お店の名前も書いてあったので今度遊びに行ってみようと思う。
●さて今日は「徒弟制度」を取り入れている会社について書いてみようと思う。
徒弟制度とか丁稚奉公などというと時代錯誤の印象も受けるが、それを求める若者や親がいるのも事実のようだ。
若いうちにしっかりと手に職をつけるための職業教育と人間教育をやってほしい。収入の良さや勤務時間の短さは若者にとってむしろ弊害になる、という考え方も一部にある。そのあたりを若者本人も親も経営者もしっかりと確認し、相互に覚悟をもって徒弟制度に取り組んでいる会社が実際にあるのだ。
●会社の名前は有限会社秋山木工(神奈川県横浜市、代表:秋山利輝社長、2008年度売上高 10億円)。
若者の夢を実現できる日本伝統の働き方として、秋山社長が考案した同社の丁稚制度。
その詳細を『丁稚のすすめ』(幻冬舎)として秋山社長自らが著した。
また、同社のホームページを見てもその様子が伝わってくる。
★『丁稚のすすめ』 http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=2415
★秋山木工 http://www.akiyamamokkou.co.jp/student.html
●まずおさらいから。
徒弟制度は江戸時代に始まり、第二次大戦まで続けられてきた商店主養成制度のこと。
一般的には30歳前後にはのれん分けされ自分の商店を持つことが許される。ただしそこに到達するまでは厳しい生存競争に勝ち抜く必要があり、江戸期の三井家の丁稚の場合は、のれん分けまで到達できるのは三百人に一人であったとか。
●戦後、この制度が廃止された背景にはGHQによる労働法規の整備や、義務教育の年限が9年に延長された結果、この制度を維持することが困難になったことなどが理由になっている。
それによって、丁稚を採用していた企業は近代的な契約による従業員に衣替えさせられ、200年以上の歴史を持っていた丁稚制度は消滅した。
●だが、今日の法制化における「新・丁稚制度」とでもいうべきものを考案したのが秋山木工の秋山利輝社長。
八年で一人前にしてクビにする。八年で辞めなければならないのだ。
これからいよいよ会社に貢献してくれる時期になぜそうするのか?
●一つには彼ら(職人)のためという思いやりがある。どんなに伸び盛りの若者とはいえ、8年以上も同じ環境で仕事をしていては刺激がなくなり、マンネリになる。
本人にやる気があって成長期にある20代後半から30才のころに環境を変えてやることで一気に能力を開花させてほしいという親心だ。
●もう一つの理由は会社の事情。
「職人を10人抱えたら会社は潰れる」という信条から優秀な職人といえども抱え込まない方針でやってきたという。
これまでに50人を超える職人を育ててきたがもし彼らのうち何割かでも社内にとどまっていたら会社は存続できなかっただろうと告白している。
さて、明日は同社の丁稚制度の詳細をご紹介したい。