●経営フィロソフィー [philosophy、哲学]で有名なのは京セラ。
創業者の稲盛和夫氏の出身が鹿児島ということで、西郷南洲翁が好んだ言葉「敬天愛人」を社是に掲げ、仏教の「六波羅蜜」(布施、持戒、精進、忍辱、禅定、智慧)を経営フィロソフィーに、「動機善なるや、私心なかりしか」などの言葉できびしく自戒する経営姿勢はストイックでもある。
●だが、「フィロソフィーがない」「フィロソフィーを作らない」ことをモットーにしている会社もある。代表的なのは京セラと同じ京都に本社がある任天堂だ。
●121年前の明治中期、初代社長・山内房治郎氏が「任天堂骨牌」として創業した同社。現在相談役の山内溥氏(やまうち ひろし)が三代目。
骨牌(こっぱい)とはカルタなどの遊具を指し、主力商品は花札だった。三代目・溥氏が社長に就任したのは1949年、氏が22才の時である。
●「創業60周年での御曹司の社長就任」といえばおめでたいかぎりだが、実態はそうでもなかった。
二代目社長の突如の出奔で、早稲田大学の夜間部に通っていたのを中退しての溥氏社長就任劇だったのだ。
しかも、「こんな若造には従えん」と100人以上の社員がストライキを起こしてしまった。倒産の危機である。
●だが溥氏は逆境をはね返す。
世界初となるプラスチック製のトランプの開発に成功したり、ディズニーと提携したキャラクタートランプの大ヒットで、博打道具だったトランプを家庭必須の遊具にした。
●そんな溥氏にフィロソフィーがない訳がないのだが、氏はあえてこう語る。
・・・任天堂は娯楽を売る会社。重要なのはアイディア。それを生み出すのは人間の独創性である。社員の自由な発想、柔軟な思考がいちばん重要なのだから、社員を拘束するものはなにもないほうが良いと考え、「社是や社訓といったものも邪魔になる」と結論づけた。
もともと私自身、目標や志に基づいて、肩に力を入れてなにかをやるというのは好きなほうじゃない。 それに第一、”一寸先は闇”のこの業界で、こうしなきゃならんなどという固定的な考え方は、なんらプラスにはならない。
・・・
●「拘束するものが何も無い自由さを求める」ことこそが溥氏のフィロソフィーにも見受けられるが、たしかに今も同社のホームページには理念や哲学に関する記載がない。
●フィロソフィーがない任天堂。
だが、同社の中興の祖・山内溥氏の次の語録は際だっている。
・娯楽の業界では、老舗だから安心なんていうことはありえない。いつもいつも、新しいものを出していかないと生き残れない
・楽しい、欲しい、と思わせなければ誰も買わない娯楽品。その世界で生き抜いていくには、 何より、新奇なもの、新鮮な面白さのある製品を作っていく必要がある
・全くの新製品をつくるためには、常識的な発想では人々を納得させることはできない。新製品に必要なのは、社会通念や習慣を変えるようなものでなければならない。だから”非常識の発想”が必要である
・遊び用具の提供は、既にあるものを改良するという発想ではうまくいかない。だから任天堂は、たえず新しい発想を求め創造することに全てのエネルギーを費やす。口ぐせは「よそと同じことをしない」
・消費者が娯楽にかけられるお金はそう多くない。だから、 この世界にはNo.1だけでNo.2などはあり得ない
・大企業なら8勝7敗でも充分だろうが、中小企業なら14回続けてミスしても、一発ヒットが出ればミスはすべて帳消しにできる。
だから1勝14敗でいい。
●任天堂のケースを見ていると、経営者の個性が際だっているからこそあえて経営理念やフィロソフィーを明文化しないという考えもあるようだ。