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6年前のラスベガス

●昨日の「オープンオフィス」には、いつにも増して豪華な顔ぶれのゲストにお越しいただいた。ネタフルのコグレさん、百式の田口さん、民主党衆議院議員・磯谷香代子さんなどなど10数名。そんな中に桜井さん(ネバダ観光社長)の顔もあって大変なつかしかった。

●桜井さんとは6年前の3月に東京でお目にかかり、その3カ月後には、氏の本拠地・ラスベガスへの旅もご一緒したのである。
当時の「がんばれ社長!」で紹介したエピソードではあるが、今も忘れないある教訓に満ちた “事件” をここに再現してみたい。

●ラスベガスからグランドキャニオンまでは車で約5時間。西部劇に出てくるような砂漠化された大地を延々と車をぶっ飛ばす。
「武沢さん、ご気分は大丈夫ですか?」と私を気づかってくれるツアーガイドのHさん。ワゴン車の後部座席で私はずっと下を向いていたからだ。実は、膝に乗せたノートパソコンでメルマガを書いているのだ。

「あ、私はまったく大丈夫です。乗り物酔いはしない体質なんで」

●運転するHさんの横にはネバダ観光の桜井社長。さかんに腕時計に目をやっているのは、夕日に間に合うかどうか微妙な時間だったから。
飛ばしに飛ばして、グランドキャニオンに到着。駐車場から展望所までの山道を20分かけて走る。心臓をバクバクさせながら走り続け、遂にギリギリのタイミングで間に合った。

●大渓谷に沈む夕日が刻々と色を変え、数千万年の浸食作用でできた岩肌を鮮やかなオレンジ色に映し出す。
そこには数十人の見物客がいたが、皆無言。太陽をながめて呆然と立ち尽くす人、シャッターを押しまくる男性、思いつめた表情で泣いている女性もいた。

●夕食を済ませて夜へ出る。
午後9時を回ると、6月とはいえフリースを羽織っていても寒い。ふと天を見上げたら見渡すかぎり星だらけ。満天の星とはこのことだ。

日本ではあまり見ることができない天の川もくっきりはっきり見える。
「すげえな~」と興奮していたら、数メートル向こうの林の入り口に野生の鹿が群れをなしている。
そんな大自然を満喫して各自がめいめいの長屋風ロッジにもどり、眠りについた。

●この山小屋で私は、いけないことをしてしまったのだが、そのときは気づくはずがない。

翌朝はパンケーキで有名なお店で食事を済ませ、お土産を買って、ふたたび延々5時間かけてラスベガスへ戻っていった。

●ようやくの思いでラスベガスに入り、私のリクエストでアウトレットモールに向かった。

右足25センチ、左足25.5センチという靴が定価の9割引きで売っていた。
大好きなブランドだし、足を入れたらちょうど良かったので買い求めようとレジへ向かう。

●おもむろにカバンからトラベラーズチェックをとり出そうとしたら、見あたらない。あわてて上着のポケット、ジーパンのお尻、ありとあらゆるところをさがしたがどこにもない。あっ、パスポートもない!
次の瞬間、たいへんなことを思い出してしまった。

●「昨夜の山小屋だ!たしか、部屋の大きい机の引き出しにパスポートとトラベラーズチェックをまとめてしまいこんだんだ!」

みるみる血の気が引いていった。ちょうどそこへ桜井社長がニコニコしながらやってきた。
「いい靴が見つかりましたか?」

私は顔面蒼白で告げた。「桜井さん、どうやら僕は大変なことをやらかしました」
「なんでしょう?」
「グランドキャニオンに忘れ物をしました。パスポートとトラベラーズチェックです。ゆうべ、部屋の机にしまいこんだままでした」
「分かりました。すぐにH君に対応させますからお任せください」
「申し訳ないです」
「それより武沢さん、その靴は僕が立て替えてお支払いしておきましょうか」
「いや、とてもそんな気分じゃないんで靴は要りません」

●ところが桜井さんは私の靴を買い、今でも忘れることができない言葉を発した。

お客様の忘れ物を取りもどすのは我々の仕事です。H君が現地に連絡して、これからすぐに出発してくれるでしょう。
でも武沢さんの仕事は、旅先で楽しい思い出をいっぱい作ることです。
心配してもしようがないことは心配しないで、本当に忘れちゃってください。たぶん12時間以内にすべてのものが戻ってきますから、その間の軍資金はこの程度あればいいですか?

とドル札の束を手渡した。

●私はその晩、セリーヌ・ディオンのショーを前から3列目の席で楽しみ、翌日は朝からサンドバギーに熱中し、お昼にラーメンを食べていた。そこへHさんがやってきた。

●「武沢さん、おめでとうございます」とHさん。ラーメンの箸をとめて私は「何がですか?」と聞いてしまった。忘れ物をしていたことを本当に忘れてしまっていたのだ。

●Hさんが渡してくれた赤いパスポートと無傷のトラベラーズチェックをみたとき、「これがプロの仕事なんだな」としばし感動した。

ラスベガス一週間の旅で今でも最高に鮮烈なのはこの出来事である。
桜井さんはそんな人だ。