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吾れ独り曰く

●会議やコミュニティでは、影響力をもつ人の発言や意向に左右されがちになる。特に日本人は議論や対立を好まないので一番声の大きな人の意見が通る。

平時においてはそれでも良いが、”常在戦場”のビジネス界にあっては誰が正しいかではなく何が正しいかという観点にたった軍議のような会議が必要になる。互いの命がかかっているわけだから、発言も真剣勝負でなければならないのだ。

●そこで『すごい会議』の大橋禅太郎さんは、メンバーの意見を効果的に集めるための方策として、「私の主張では・・・」と発言するくせをつけなさい、と指導する。発言の前にそう発することでオリジナルの意見を引き出そうという狙い。

●吉田松陰は18歳の時に次のような論文を書いている。

・・・昨今の風潮として漢詩とか漢文とか、書や画などの教養がないといけない、それが武士のたしなみとして大切であり、できない者は俗輩だといわれる。

だが「吾れ独り曰く」、自分はこう言いたい。

余力があるならそういう趣味的なこともやってはならぬとは言わぬが、自分は力一杯つとめてもまだ学問のための時間が足りぬのだから、漢詩ができなければならぬ、文学的趣味がなければならぬと言っても出来ないし、自分としてはそんなことをやる必要はない。
・・・

●この論文は150年前、江戸時代末期に書かれたものだが、今を生きる我々にも当てはまるメッセージのようだ。

松陰の場合は、「吾れ独り曰く」と日記に書いている。人が何か言うとすぐに同調したり、人まねする輩はいつの時代でもいるものだが、そこから早く抜け出し、持論を展開できる人間になれねばならぬ。

●そういう点で、ネット上のホームページやブログ、メルマガなどで自分の意見を堂々と述べる場が与えられ、意見を主張する訓練ができることは大変喜ばしい。

●ところが別の問題も起きている。

卒業論文や課題レポートが「Wikipedia」のコピペが多用されたり、リブログ(他人のブログを素材にした自分のブログ)の流行。
それらが一方的に悪いとは思わないし、法に触れない限り、それもOKだと思うが、あくまでオリジナルにこだわっていきたいもの。
毎日とは言わないまでも時々は「吾れ独り曰く」とか、「私の主張では・・・」とやれるようになろう。

●ツィッター(Twitter)も良い訓練の場だと思う。
140文字限定のミニブログだから、それ以上書けない。語源は「つぶやき」とか「ささやき」なのだから、肩ひじはらずに利用すれば良いが、一日一回くらいは「吾れ独り曰く」、「私の主張では・・・」という気持ちで意見を書き込んでみてはどうだろうか。

●結果的にそれが誰かと同じ意見であったとしても一向に構わない。
オリジナルとは誰かの受け売りではなく、自分の頭で考えたことなのだから。