●居酒屋でクールダウンしていた私のもとに「長女帰宅。待っている」と家内から携帯メールがきた。
「そろそろ行かなきゃ」と思うが、なかなか腰があがらない。
●ビールを飲みほしながら私が内心で一番おそれたことは、長女がもはや以前の長女ではなくなっていることだった。
たった2年3カ月とは言うものの、なにしろ彼女が住んでいるのは親の目がいっさい行き届かない外国。暴力と性とクスリ、それに濃い化粧に露出の多い衣服・・・親の心配は尽きない。
●もしそんなのに汚染された本場仕込みの”ヤンキー”になっていたらどうしようというのが一番の気がかり。よくニュース番組で「うちの子に限ってそんなこと」と親は言うが、そう言いきれる自信がなかった。
●もしそうなっていたとしても、それが長女の人生だと腹をくくるしかない。幸いなことにそうなっていなければ、それは最高にラッキーなことだと思うことにした。
●自宅の呼び鈴を押し、「ただいまぁ」と玄関を開けた。
部屋に入ってすぐに私の目に飛び込んできたのは、カーペットの上で正座する長女の姿だった。
その顔は、笑顔とも恥じらいとも緊張ともつかないような神妙な面持ちだった。
●長旅の疲れは見せず、表情には生気があった。ほとんど化粧もせず、学生の頃のままの長女がそこにいた。あっけないほど何も変わっていなかった。
私の顔をみて「ただいま。ごめんなさい」と短く言った。
私は、「お。おかえり。元気だったか?」と聞いた。
●そのとき、長男は外出中。家内はキッチンで洗い物をし、次男はとなりの部屋でワンセグを見ていた。
あきらかに我々の対面の成りゆきを見守っている雰囲気だったが、緊張がほどけたのをみて、みな集まってきた。
長女も安心したのか、「うんすっごく元気だった。風邪ひとつひかんかった」とため口がでた。
●そういえば彼女は、大学入学祝いでシアトルに旅したとき、ホテルの部屋の門限時間をやぶって私にひどく説教されたことがある。
まだ三日残っていた旅の日程を短縮して、「あしたの朝日本にかえる」と私は告げた。
長女は大粒の涙を流しながらも素直に身支度をととのえ、空港へ向かう準備を終えた。私も帰国の準備をした。
●さみしそうに「オッケー、準備ができた」と言う長女。
そのうつろな表情をみたとき、私は急にかわいそうになり、「もう二度と約束は破るんじゃないよ」と言って指切りし、シアトルにとどまることにした。
だから彼女は、私に向かってウソが言えないので2年3カ月前に「家出」という実力行使に踏みきったのかもしれない。
●彼女のパートナーはシアトルでWEB技術者兼マネジャーの仕事をしているという。
きっと二人は経済的に余裕のない生活を送っているのだろう。お土産は、バイト先の「シアトルズベスト」のマグカップとコーヒー豆とタンブラーだった。すべてコーヒー好きの私へのもので、家内と弟たちには何もなかった。
●まるで修学旅行の思い出を語るようにシアトルでの生活を語る長女。
今回は一ヶ月日本に滞在する。家族や友だちとの旅行や食事、合間をぬって日本の病院に行きたいという。シアトルに戻ってからは、プロ通訳を目指して学校に入るらしい。
●そんな話をする長女をみていて、私は自分の方針を変えようと思う。
どこで何をしていても構わない。ただし、これからもちゃんと夢と希望をもって元気に生きてほしい。
だが、これだけはじっくりと話し合っておきたい。
・2年前3カ月前に自分がした行為を今ではどのように思っているのか
・今後、もし同じような場面に直面したときはどうするつもりか
私にとってはそれが解決されて初めて、心から長女の冒険のサポーターになれる気がする。二人の弟はもちろん、両親にも良い影響を与える生き方をしてほしいものだ。