●ワンマン経営がよいのか、それとも民主経営がよいのかと質問されることがある。長い目でみたら「民主経営」がよいとは思うが、短期的にはワンマン経営がふさわしいという時だってある。
●たとえば社員を尊重しすぎて優柔不断になってしまう経営者の場合は、あえてワンマンを目指すくらいでちょうど良い。
また社員の民度が低い場合、つまり意識や能力が備わっていない場合には民主経営をやりたくてもやれないからワンマンで引っ張る以外にない。
だから一概にワンマンが良いとも民主が良いとも言えないのである。
ただし、ワンマンだろうが民主だろうが、少しでも社員の自覚や意欲を高めるような工夫が大切であることは言うまでもない。
●ある日のこと、W社長が私の経営計画講座を受講しにこられた。
彼の会社は創業以来10年間、ずっと増収増益でやってきたが、昨年ついに記録がストップし赤字転落してしまった。
一時は、「ぼくは天才経営者かもしれない」などと周囲にも自慢していたW社長がはじめて味わう挫折。
もう一度基本にもどって経営計画書をもとに社員と一緒になって計画的な経営をやろうと思ったそうだ。
●だが、そんなW社長の思いに水を差すように先輩経営者のYがこんな体験談を話してきかせた。
「W君、僕も何年か前に経営計画を作ってみたよ。そして銀行や取引先まで招いて方針発表会まで開いたものさ。でもね・・・」
Y先輩によれば、経営計画発表会の時に感じた社員の無反応ぶりにビックリしたという。無反応と言うよりは、むしろ「冷たい反応」というに近いものだったらしい。
●「せっかく社員のため、会社のためを思って一生懸命に作った計画がこんなにも歓迎されないなんて信じられなかった」というのがY先輩の体験談だった。
●それを聞いて心配になったW社長は、武沢に質問した。
「武沢さん、社員に歓迎されるような経営計画の作り方ってあるのでしょうか?あるいは、社員に歓迎されることなど期待してはならんのでしょうか?」
●武沢は答えた。
「歓迎うんぬんというよりも、まずは経営計画の内容を社員に少しでも理解してもらい、納得してもらう努力は必要ですよ。できればそれにふさわしい手順も踏んだほうがよい。誰だって人から一方的に、 “ああしろ”とか “こうするな” と言われるのは気に入らないもの。自分の気持ちや意見を聞いてほしいし、できればそれを採用してもらいたいものですよ」
そのために大切なことは経営計画作りのプロセスに社員を巻きこむことだと武沢。一例としてこんな手順を紹介した。
1.社員に「Wish List」を書いてもらう。
職場や会社をよりよくするために、社員が普段から思っていることを何でも良いので書いてもらおう。一週間から二週間の期間で何個でもよいので全員から提出してもらう。
2.社長も自分用のWish Listを作る。
社員から寄せられたWishと社長のWishを合体し、エクセルファイルに入力する。誰のWishなのかは分類せずに、単純に箇条書きに入力する。
3.そうして完成させた「社長と社員のWish List」の中から、「なるほど、それは実行すべきだ」と思ったものだけは「なるほどWish」という名前で別シートに保存し、それをプリントアウトして経営計画の冒頭に掲げる。
こんなやり方で、まずは広く浅くでも良いから意見を拾い集めましょう、と武沢が言うのでW社長はそれを実行してみることにした。
●二週間後、W社長は社員から集めたWishを武沢の講座に持参した。
「どれくらい集まりましたか?」と武沢が聞く。
「つい先ほど集め終わったばかりで、僕自身も内容を読むのはこれからです。10人から200個くらい集まっていますね」とW社長。
それには、社長へのダメ出しも含めて次のようなWishが並んでいた。
・・・
・社長のゴルフの回数を減らして欲しい
・社長の居場所が分からない時があるので、改善してほしい
・会議の終わり時間を守って欲しい
・突然の残業要請はちょっと困る
・懇親会や飲み会はありがたいが、終わりの時間を早めにしてほしい
・コンビニまでの坂道がきついので、電動自転車を買ってほしい
・携帯電話を会社支給にしてほしい(個人の携帯電話を仕事で使っているが、その利用料だけで毎月一万円を超えている)
・上司が時々社内で大声を出して叱ったり、ひとりで文句を言っているが、社内の雰囲気が悪くなるのでやめてもらいたい
・賞与が出るのか出ないのか、いつ出るのか、早めに教えていただきたい
・交通費を全額支給してほしい(今、毎月の個人負担分が1万円くらいある)
・がんばっている人がもっと報われるような評価制度が必要だと思う
・社員教育、とくに幹部社員の教育が必要だ
・営業がうまくできないので、なにかのマニュアルで勉強したい
・経理部のパソコンがかなり古くなっているので新しくしてほしい
・営業用の社用車の中も禁煙にしてもらいたい
などなど
・・・
●ひととおり目を通しおわるとW社長が口を開いた。
「武沢さん、こんな細々したことを解決していくのが経営計画の目的なのですか?」
W社長が経営計画に期待していたものは、もっと経営者らしい視点で理念や戦略を構築していく作業。まさかこうした社員の意見を反映させていくものとは思っていなかった様子。
私は、社員から集めた Wish が “細々した小さいこと” だとは思わない。それを書いた社員にとっては、社長が語る10年後のビジョンよりもそちらの方が大きい可能性があるのだ。
●社長の Wish が社員の Wish になっていってほしい。
それと同じように、社員の Wish が社長の Wish になってほしい。
それがベクトル合わせというもの。
経営計画とはWishの集合体。あなたの部下にとって経営計画は次の何色だろうか。
赤色・・・経営計画なんて社長や銀行や一部の人のためのもの。
難しいことがたくさん書いてあるが、僕の仕事や人生にとってはまったく関係ない。
黄色・・・経営計画は会社の目標と将来の夢、部門の課題などが書いてあって大切なものだとは思うが、自分が具体的に何をどうするということが書いてあるものではないので参考程度にすぎない。
青色・・・経営計画は僕自身の最大関心事でもある。
会社のこと、部門のこと、僕のことも含めて、この計画の内容いかんで将来の人生も変わってくることが書いてある。
赤から黄へ、そして青へと持って行こう。そのための工夫を続けることが社長の大切な仕事だと思う。