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父子の関係

●俳優・中村雅俊さんが息子の事件で悔し泣きする姿を見ていて、私は以前のある光景を思いだした。たしか、1~2年前のこと・・・。

●「相談したいことがある」とA社長(53)が言うので新橋の料亭でお会いした。
重い空気のなか、懐石料理に黙々と手が伸びる。
ある程度進んだところでAさんが突如、せき払いして神妙な顔で話し始めた。

「自慢の息子だったのですが・・・、なぜ・・・、自分は何がいけなかったのか・・」と肩をふるわせている。

長男(19)が、繁華街で強盗事件を引きおこし逮捕されてしまったという。幸い相手のケガは軽傷で済んだが、いままで品行方正で通ってきた長男の逮捕に、ショックが隠しきれないAさん。

●彼いわく、
子供に対して甘やかしたり放任にしてきた訳ではない。むしろ家庭ではしつけにきびしくしてきたし、厳格なくらいだったと思う。私立の中学・高校にも通わせ、成績も優秀だった。
そんな自慢と期待の息子が人様を傷つけ、ものを盗み、逮捕されるだなんて・・・。

「自分は何がいけなかったのか」、「息子をこれからどう更生させるべきか」、すべてに頭が真っ白で答えが見つからないという。

●それを聞いて私も「う~ん」とか「そうなんですか~」」としか言えない。
ちょうど同じ世代の息子や娘がいる者として、Aさんの気持ちが痛いほどわかるのだ。
ひととおり話をうかがってから、ようやく助言めいたことを申し上げた。

「今はものごとを冷静に判断できるタイミングではないので、あまり考え込んだり心配したりせず、事態を見守るしかないでしょう。やがて落ち着いてきますから、そのときになって親子の時間をゆっくり持ってあげましょうよ。今後のことはすべてそれから。ましてや、過去の反省なんてその後で充分でしょう」

●こんな時こそAさんを勇気づけ、励まし、力を与えてあげたいのに、私もショックで大したことが言えないのがくやしい。

食後のデザートに入ったころ、一転してAさんが強気にこう言った。

「未成年とは言え、事件を起こすような人間に育てた覚えはない。ある意味、期待が裏切られて腹立たしい気持ちも自分にはある。江戸時代の”勘当”は子供の除籍もできたらしいが、それぐらいの強い気持ちで息子と接するべきだとも思っている」

●さすがにそれは言い過ぎだと思い、私はこう申し上げた。

「まあまあまあまあ、Aさん。落ち着きましょうよ。あなたは何も悪くない。もちろん奥さんも悪くない。過去も現在も何も間違ったことはしていない。そして長男、彼とは一度もお会いしたことがないが、お父さんが手塩にかけたお子さんだ、悪い人間であるはずがない。それどころか、きっと素晴らしい心をもった優しいお子さんだと思う。ただ、ただですよ、若さのエネルギーを御しきれずに暴力事件を起こしてしまった。いい人間が悪いことをしてしまったわけだ。今度はそのエネルギーを人が喜ぶことに振り向ければいい。今回の苦い経験を良薬にしてもらえばよいわけで、今からが息子さんの一生を決めかねない大切な時期。そんな時期に “勘当” だなんてとんでもない。親の愛をもっとも必要とするときがこれから始まるのですよ」

●私はその翌日、一冊の本をA社長にプレゼントした。

『孟子』(安岡正篤著) http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=2002

である。その心を明日、書いてみたい。