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芝浜

●落語のDVDやCD付き雑誌が売れているという。
主に中高年が買っていくようで、初心者・入門者向けに手頃なソフトが充実し、ファンのすそ野が広がっているようだ。

私も買ったが小学館の『落語 昭和の名人 決定版』は一巻目が初版の23万部を完売し30万部まで増刷したという。五巻まで出るそうだが、続刊の販売も好調と聞く。また、大人買いする人も少なくない。
ソニー・ミュージックダイレクトの『落語研究会 古今亭志ん朝全集』は上下巻とも8枚組で3万円超の価格ながらすでに3万セット売ったという。

●いまなぜ落語が売れているのだろうか。

お笑いブームの一環なのかもしれないし、それ以外の要因があるのかもしれない。
私は落語の登場人物たちの滑稽かつ余裕ある生き方が、ゆとりのない現代人の “あこがれ” も込めて共感を呼んでいるのではないかと思う。

●落語の代表はなんといっても下げ(オチ)がある「落とし話」だが、『塩原多助一代記』や『火事息子』などの人情ネタにはホロリとし、ついつい最後まで聞かされる。

『芝浜』は、妻の愛のムチを受けて仕事(魚屋)に精を出した男が、3年後に大成功するという話だ。
私はこの話が大好きで、iPodに入れて何度も聞いている。この演目をやらせるのは何と言っても桂三木助に限るが、あらすじを簡単に紹介してみよう。

●・・・

「芝浜」とは江戸の地名で、今の港区芝公園あたりと思われる。当時はこのあたりまで海岸だった。

ある日のこと、酒ばかり飲んで仕事をしない男が妻に怒られ、しぶしぶ仕事に出る。早起きして「芝浜」へ魚を仕入れに来たのだが、海岸で大金の入った財布を拾う。なんと中には82両(今の1,000万円以上)も入っていた。

びっくりすると同時に大いに喜んで家に帰り、妻にそれを見せて「これでしばらく遊んで暮らせる」と大酒を飲んで寝る。
次の朝、目覚めると妻が不機嫌な声で「早く仕事へ行け」という。不思議に思い、男は拾った財布を探すがどこにもない。
妻の言葉によって財布を拾ったことは夢であったと知る。

「なんだ、あの82両は夢だったのか・・・もう死にたい」と男が弱音を吐くと、妻はきつく説教する。

「あんたは、毎日酒ばかり飲んでるからそんなズボラな夢をみるのよ。死ぬ気があるのなら、死んだ気になって魚屋の仕事に精を出してみなさいよ」

「そうかもしれねぇ」と男は改心し酒を断つ。それから三年間、男は懸命に働き、立ち直る。
やがて裏通りから表通りの魚屋へ、そして仕出し料理まで請け負う、ちょっとした評判の店になる。

三年後の大みそか、立派な主人となった男に「話がある」と妻がいう。
「決して怒らないで下さい」と妻は何度も確認する。
そして、82両が入った財布を見せ、事の真相を語る妻。
実は「芝浜」で拾った財布は夢ではなかった。夢だと思わせたのは、妻が男を再生させるための大芝居だったと知る。のどから手が出るほど欲しかったそのお金には一切手をつけず、あえて貧乏生活を続けながら男が改心し、出世するのを待った妻。
男は妻に感謝こそすれ怒るわけがない。

そして妻は、「あんたはもう昔のあんたじゃない」と禁酒を解いて、祝いの酒を出す。大みそかの今日ぐらい、存分に召しあがりなさい。
男はひさしぶりの酒に感激し、口をつけようとするが直前でやめる。

「どうして召しあがらないの?」と理由を聞く妻に向かって男は言う。

「また夢になるといけねえから」

・・・

3代目桂三木助の名人芸で、彼が2001年に世を去るまで遠慮して、他の誰も『芝浜』を演じようとはしなかった。

●いかがだろう、味わいあふれる話ではなかろうか。

私がこの話を気に入っている理由のひとつは、「人が改心して本気になって働けば、三年もあれば充分に出世できる」と思わせてくれること。
江戸時代版のジャパニーズドリームのようだし、平成の今を生きる私自身にも奮起を促されているような気がするのだ。

余談だが、桂三木助の『芝浜』はiTunes Storeからダウンロード購入できる。お好きな方は一度聞いてみてほしい。