盛岡駅の若い女性職員に「余目(あまるめ)までのチケットを買いたいのですが」と聞くと、「え?アマルメ」とポカンとした表情をされた。同じ東北管内でありながら余目駅をご存知ないらしい。「そういうことでしたら、みどりの窓口でお尋ねください」と言われたが、まだ窓口が開いていないから職員に聞いたのだ。
そんな慌ただしさのなか、ようやくの思いで切符を購入。午前7時58分に盛岡駅を出発し、いったん秋田の大曲(おおまがり)に出て乗り替え、新庄に向かう。新庄でふたたび乗り換えて余目に着いたのは12時2分だった。岩手県からお隣の山形県への移動に4時間4分もかかるとは日本も本当に広い。4時間というと名古屋から沖縄を往復できる時間だし、中国の北京まで余裕で行けてしまう時間である。
とても静かな「余目」駅に降りたったとき、本当にこの地に150人規模の経営品質賞受賞企業のN社本社工場があるのだろうかと不安に思った。私にとって初めて訪れる余目駅を写真におさめていたら、T次長が運転する車が私の横で止まった。「すいません、私もこの駅に来るのは初めてでして、道に迷っちゃいました」とT次長。この町に生まれ育った方でも車社会の東北では、特急が止まる「鶴岡」駅の利用がメインになり「余目」は使わないらしい。
N 社長と合流し、山形名物の蕎麦と麦切りのセットをご馳走になったあと、経営計画発表会が行われる市内最大のホールに向かった。まだ定刻30分以上前だったが、社員150名はほぼ全員着席していた。定刻通り、司会者のあいさつで経営計画発表会が始まった。
一番はじめに社員全員が起立し、経営理念の唱和をする。毎度見慣れた光景である。だが、N社の場合、今までのどの会社とも違っていた。なんと、他社の経営理念を先に唱和し、その次に自社の理念を唱和するという流れのようだ。「えっ、どうして?」と来賓席にいた私は怪訝な気持ちがしたものである。
N社の立場を端的にいえば下請け製造業である。しかも大手精密メーカー・NK 社の100%下請けという立場であり、NK 社以外の仕事は皆無である。創業時からそうだったわけではなく、ある年、社長がそのような生き方をすると戦略的意志決定をされたのだった。製造業では珍しい話ではない。
しかし自社の理念よりも NK 社の経営理念の唱和を先に行うことで「お客さまあっての我社と私たち」という関係を鮮明にさせることができる。これも社長から社員へのメッセージのひとつだと理解できた私には、社員が唱和する NK 社の理念が一段とすがすがしいものに思えてきた。
全体で3時間の発表会のうち、社長の方針発表は約30分程度。残りの時間は各部署ごとのリーダーが前期実績と今期目標を順々に発表していく。製造業では改善提案制度や小集団活動など、現場の問題解決トレーニングがひんぱんに行われている。そうした地道な改善活動が日本製造業の強さの秘訣であるともいわれてきた。N 社の発表会でもそうした日ごろの訓練を感じさせる発表で、内容は生々しく、かつ、データにもとづく論理的な発表で、鍛えられた社員集団の力を見せつけた。
私も短い激励講演をさせていただいた。講演の骨子は明日にでも書いてみたい。
<東北シリーズ、明日が最終回>