ある料亭に到着すると私が一番乗りだった。新人とおぼしき仲居さんがおしぼりをもって部屋にきた。
「本日はまことにありがとうございます。帳場の記録をみさせていただきましたが、武沢様はトマトをお召し上がりになられないと以前におっしゃっておられましたようでございますね?」
(やけに丁寧な日本語だと思いながら)
「はい、そうでございます」と少しふざけてみた。ところが相手はますますかしこまって、「トマトをお召し上がりにならないというのは今でもそうであられますか?」と聞く。「はい、今でもそうであられます」と私。
「そうでございますか。かしこまりましたでございます。厨房の者にそのようにしっかり申し伝えさせていただきますので、本日はどうか、ごゆるりとおくつろぎ願えますれば幸いに存じます」「はい、おくつろぎさせていただきます」
これは実際にあった話をすこし誇張したものだが、こんな店で食事をすることになれば、とてもくつろげそうもない。こうした敬語の乱用はかたくるしいだけでなく「二重敬語」「三重敬語」として誤用なのである。
特にビジネスのコミュニケーションでは、シンプルにした方が相手も喜ぶだろう。
・そのようにさせていただきます → そのようにいたします
・おっしゃっておられました → おっしゃっていました
・幸いに存じます → 幸いです
西洋の言葉にも丁寧語や謙譲語などはあるそうだが、日本語ほど多用されることはないという。自分が相手を敬っていることや謙(へりくだ)っていることが伝わればよいわけで、それが過剰になるとメッセージの主旨そのものがボケてしまうことになる。
時節柄、新しい社員やパートアルバイトが職場に配属されるころ。一生懸命に仕事をしようという気持ちが高じると、このような日本語の誤用がおきかねない。それは丁寧すぎるだけでなく、間違った日本語の使い方であることをきちんと教えてあげよう。