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不思議な勝ちなし

緑園(みどりえん)と藤江町(ふじえちょう)の決勝戦になった。大垣市民ソフトボール大会は、町内単位の勝ち抜きトーナメントで、小学校高学年と中学生の混合チームを作る。女子も2名以上入れなければならない決まりがある。藤江町に住む中学三年生だった私は、決勝を前にしてメンバーに聞いた。

「どう?勝てると思う」

みんな首を横に振った。
「勝てないよ」「勝てるわけがない、緑園だよ」「よくここまでこれたよ」

キャプテンの私も勝てないと思っていた。なにしろ緑園には野球部主将の石井君や、エースで4番の小森君がいる。女子の金子さんにいたっては男子勝りの巨漢スラッガーだし、塁に出たら易々盗塁してしまう韋駄天・瀬古田君もいる。

初回から波乱の幕開けだった。まずは一回の表の攻撃で相手投手が四球を連発し、こちらは何もしていないのに押し出しだけで3点を先制した。なおもツーアウト満塁。そこでラストバッターの貧打・棚橋君がバッターボックスに入った。そこで攻撃は終わるものだと誰しも思った。棚橋君がゆったり振ったバットに偶然ボールが当たり、外野フライになった。浅めに守っていた外野手だが、余裕で追いつき捕球体制に入った。しかし、ボールをバンザイしてしまった。結果的には満塁ホームランになり、藤江町は初回から7点をもらった。それでもメンバーは誰も勝てるとは思っていなかった。

1時間後、試合が終わった。結果は11対8で藤江町が勝ち、夢にも思っていなかった初優勝を果たした。緑園のメンバーは皆、ぼう然としていたが、それ以上にぼう然としていたのが藤江町のメンバーだった。「あり得ない」という顔を両チームの全員がしている不思議な閉会式だった。

「勝ちに不思議の勝ちあり」は野村克也元監督の言葉だが、本当に不思議な勝ちであり、今でも鮮明に覚えている。

それ以降、そんな「不思議の勝ち」は後にも先にもない。

今年 DeNA ベイスターズから移籍した金城選手(38)がジャイアンツで活躍している。「ジャイアンツの選手は全員がプロフェッショナルだ。自分の役割を自覚していてその期待を裏切ることはない」と語っている。井端選手(39)も片岡選手(32)も同じような発言をしていたはずだ。

いつも勝つことが期待され、勝つのが当たり前だし、負けることは許されないという常識意識がチーム内にが出来上がると、そのムードがチームメンバーに影響を与えるようになる。

サッカー日本代表の監督を引きうけたハリルホジッチ氏(以下、ハリル監督)は、かつて率いていたフランスのクラブチームでこんなエピソードがあった。あるアウェーの試合でそのクラブチームは負けた。帰りのバスで、一人の選手が歌を口ずさんだ。するとハリル監督はバスを止め「全員、外に出ろ」と怒り、説教をした。「絶対に負けを受け入れることはできない。負けたら病気になる。勝つのも負けるのも同じだという考えの人とは付き合わない。勝てば勝つほど勝ちたい。それが私の哲学。心の底から湧き上がってくるものだ」と語り、勝利への要求を口にした。それが組織の DNA になる。

昨年のワールドカップでもハリル監督の主義は変わらなかった。アルジェリア代表の監督として同国を決勝トーナメントに率いた。その1回戦の相手が優勝したドイツだった。試合を前にして、「お前ら勝てるんだろ?」と問いかけたら、選手は「冗談はやめてくれ。相手は世界一だ」というような表情だった。しかし、「本当に勝てる」「勝とう」とハリル監督が続けた。結果的には負けてしまったが(スポーツは)10試合やったら、1試合勝てるチャンスがあるかもしれない。それを信じないと勝てない。そのために細部にこだわり、完璧に準備するのがハリル監督の主義だという。

あなたは、これから新たな目標に突き進もうとするとき、社員を前にしてどんな決意を述べるか。野球やサッカーの監督と同じように勝つこと(達成すること)を要求し、期待せねばならない。そしてどうすれば勝てるかという勝ち方の研究を試合前に入念に行わねばならない。

間違っても「不思議な勝ち」を期待するリーダーになってはならない。