旧知の若い社長夫妻が訪ねてきた。
「おかげさまで当社も社員数が10名を超えましたので、経営計画書と就業規則を作りたい。武沢さんに直接ご指導願えませんか」という。お二人ともまだ20代だが、私にそうした依頼をするなぞ、なかなか見上げたものだ。
経理と総務は奥様が担当しているらしく、いきなり内部管理に関する質問が次々に出てきた。いままで相当お困りだったようだ。
「就業規則って何ですか?それがないとまずいことが起こるのですか」
「経費の使い方の取り決めを書面にしておくことはできますか」
「タイムカードは必要ですか。それがないと不都合は起こりますか」
「社員旅行の費用の一部を社員に負担してもらってもよいのですか」
「社員が有給休暇をとるうえで、会社が何かの制限を課すことはできますか」
「社労士の先生にも顧問のお願いをすべきでしょうか」
・・・etc.
手にしておられる「質問リスト」はメモ用紙数枚に及ぶようだ。
「ちょっと待って、ひとつずつやりましょう」と【就業規則】について解説した。ここでもそれを記しておきたい。
創業したての夫婦だけのころは「就業規則」がなくてもやっていける。ところがアルバイトを雇い、正社員を雇ったりすると「就業規則」が必要になる。法律では10人以上の会社で「就業規則」をつくることが義務づけられているが、それ以下の規模でも「就業規則」を作っておくメリットは多い。
反対に、「就業規則」がないと会社にとって次のような不都合が起きる。
1.社員を解雇できない
2.社員に残業をさせられない
3.給料の減給処分ができない
4.社員の異動、出向をさせることができない
まず「1」の解雇についてだが、厳密にいえば「通常解雇」なら規則がなくても可能である。たとえば、事業の縮小や撤退などで人員削減を余儀なくされた場合や、予期せぬ業績の悪化によって人員整理が必要になったときなどは解雇できる。しかし30日以上前にそれを予告するか、平均賃金の30日分以上の解雇予告手当が必要な「通常解雇」に限定される。就業規則に明記されていないかぎり「懲戒解雇」はできないのである。
「2」の残業について。
労働基準法32条2項では、そもそも「時間外労働をさせてはならない」という規定がある。残業は原則禁止なのである。その前提の上で、例外的に残業を認めているわけだ。その例外とは、労働基準法36条にある禁止の解除条件である。通常「三六協定」というが、就業規則にそれらのことが明記されていない限り、残業を命じることはできない。もし残業をさせて訴訟にでもなれば勝ち目はない。
「3」「4」についても就業規則の定めがない限り、法律で禁止されている。したがって会社が小さいうちから社長の意思が隅々まで行きとどいた就業規則を作っておこう。もちろんその内容を専門家にチェックしてもらい、完成した就業規則を労働基準監督署に提出しておこう。
「届け出るのは就業規則だけで良いのですか?」と奥様。
労働条件に関する規則規定はすべて「就業規則」の一部と見なされる。したがって、「服務規程」とか「賃金賞与規定」「退職金規程」「育児介護休業規定」などもあわせて提出し、変更があれば遅滞なく届け出ることがルールになっている。
「へ~え、そうなんや。労基署ってどこにあるん?」と社長に聞く奥様。「さあ」と首をひねる社長。
「名古屋の場合は東西南北の四箇所あります」と私。結局この日は、
「経営計画書」に関する議論に入れず、労務人事に関する話題で終始した次第。だがこうした基本的なことをきっちり学んでおくことも経営者には不可欠なことである。