その国でどんな本がベストセラーになっているかを知ることで、その国の現状と未来が分かるといわれる。スマイルズの『自助論』が聖書の次に売れていたころのイギリス。当時、この国に留学していた江戸幕府お雇いの若い漢学者・中村正直は、この国の繁栄の秘訣を学びにきていた。なぜなら、当時の世界の工業生産の半分をイギリスだけで占めるほど産業革命の恩恵をフルに受けていたからだ。資源がない島国という点で日本にそっくりのイギリスが、世界地図の4分の1を支配するまでの富強な国になれたのはなぜか。中村はイギリスに来て、その答えを求め続けたが分からない。やがて幕府は官軍によって倒され、中村も帰国する羽目になった。留学の目的はついに果たせないまま帰国の船に乗りこんだのだった。
ところが、そこで小さな奇蹟が起きた。
親しくしていたイギリス人が中村との別れに一冊の本をくれたのだ。普通のサイズよりは小ぶりの本だった。イギリス人のサミュエル・スマイルズが書いた『自助論』(原文は「Self-Help」) という本だった。イギリスからの船旅は長い。船中で中村がそれを読み始めてみると、中村は夢中になった。ものすごくモティベーションが上がった。そして、この本に書いてあるようなセルフヘルプ(自助)の精神がイギリス人の血として流れており、そのことが世界に冠たる大英帝国を作りあげる原動力になったのではないかと思い至った。
中村は長旅の船のなかでそれを何度も何度もくり返し読んだ。ほとんど諳んじるほどだったという。帰国し、元将軍の慶喜に面会した中村は『自助論』の翻訳を願い出た。そして実現したのが日本語翻訳の『西国立志編』(さいごくりっしへん)だった。この本は明治維新直後の日本でも爆発的に売れた。福沢の『学問のすすめ』と並んで明治初期の二大ベストセラーとなった。鎖国を解いて民主主義国家への歩みを始めたばかりの明治の若者を鼓舞したのである。
参考:『知的余生の方法』(渡部昇一、新潮新書)
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その国で売れている本をみれば国の未来が見える。その人が読んでいる本を見れば、その人の未来が見えることだってある。
『自助論』でも『学問のすすめ』でもよい。『人を動かす』(カーネギー)や『成功哲学』(ナポレオンヒル)でもよいだろう。若者にそれを一冊プレゼントし、読んだ感想を聞いてみよう。その人の未来が見えてくるかもしれない。
ひるがえって今、書店で売れている本から日本のどんな未来を予見できるだろうか。書店の店頭で、それを推察してみるのも一興である。
西国立志編(自助論)
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