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「胸キュン」の舞台裏

居酒屋で隣りあわせたサラリーマン二人組の漫談のような会話。

A:あの会社がついに東証に一部上場したらしいぞ
B:上場って、株を売り出すやつか?
A:そうだよ、一流企業の証だよ
B:それにしてもどうして一部上場なんだろ?丸ごと上場しちゃえばよかったのに。予算がなかったのかな
A:いや、あの会社のことだ。全部上場できるのも時間の問題だろう

そんなネタ話はさておき、東証一部上場の株式会社ボルテージは、女性向け恋愛ゲームで天下を取った。創業社長の津谷 祐司(つたに ゆうじ)氏は東大工学部を卒業後、博報堂に就職するというエリート社員だった。博報堂時代にハリウッドで映画を学び、その考え方や技法を今、ゲームソフト制作に活かしている。

昨日ご紹介した『FeBe』の上田会長がおすすめしてくれた一冊がこれ。『「胸キュン」で100億円』(上阪 徹 著、KADOKAWA)。ボルテージの舞台裏をつぶさに紹介している一冊なのだ。さっそく買って読んでみた。そして一気に最後まで読ませられた。本として実にていねいに作り込まれている濃厚な一冊。もちろん内容も素直におもしろい。
http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=4204

テレビのゴールデンタイムを見れば依然として恋愛ドラマの人気が高いが、ボルテージはその「恋愛」をゲームアプリにした。しかも女性専用の恋愛ゲームに特化したのだ。普通、ゲームソフトといえば一本の大ヒットでビルが建ち、億万長者の集団ができあがる。その反面、次のヒットが何年も出ないと一気に経営がピンチになり、資本力のあるところに吸収されていく。業界の歴史がそれを物語ってきた。

ボルテージは経営の健全性、継続性を主眼に置いた。毎年企業としてコンスタントに安定成長できるようなコンテンツ開発の仕組みをコツコツと構築してきたのだ。創業当初こそ、ご多分にもれず、津谷社長がゲーム開発の陣頭指揮を取ってきたが、早々にワンマン体制の限界を感じたところが余人と異なるところだろう。

ヒットする恋愛ゲームの仕組みをマニュアル化したのだ。それにはハリウッドの映画づくりが役立った。感動する物語のパターンは限られている。そのセオリーにあてはめながら制作を進めていけば、誰でも感動ドラマを作ることができる。外れの少ないゲームソフトをコンスタントに制作できる仕組みが完成した。その結果、業界では非常にめずらしい安定成長しつづける企業になった。

ただ、「ゲームは飽きる」という一面がある。コミックや小説や映画、テレビドラマなど、音楽、美術などゲーム以外のカルチャーでは「飽きた」と言うような話題は聞かないのに、ゲームが飽きるのはなぜだろう。それは分量がコントロールされているかいないかの問題が大きい。ボルテージの恋愛ゲームは一日に進められるストーリーに制限がある。つまり、のめりこんだ反動で飽きてしまうことがないような工夫が最初から施してあるわけだ。

それだけではない。「飽きられない」といった、ネガティブな要因を打ち消すだけでは天下を取れない。いかに、生活の中になくてはならないゲームになるか。そのあたり、津谷社長のビジネス観を端点にあらわす骨太な言葉が本のなかに見つかった。

「大事なことは魂がこもっているか、ということなんです。どうして面白いコンテンツが作れるのかというと、自分の中から本当に出てくるものだから、なんですね。これは事業全体でもそうですが、”ここはニーズが高い割に供給が少ない” “儲かりそうだな” なんてビジネス的な発想でやっていても絶対うまくはいかない。そんなふうに商品や事業を見てはいけないということです。魂を揺さぶるものを作りたい、生きる意味を探っていくような物語を提供したい、という自分の軸が大切になる。そういうものを人々は求めているんです」

そのための仕掛けのひとつとして、恋愛相手から自分にメールが届くようにした。恋愛相手や登場人物たちとの駆け引きの要素も加えた。スマホ特性をフルに活かしたゲームの仕掛けが満載されているのだ。そうした点がゲームの枠を超えた「バーチャル恋愛」といわれるソフトに育っていったゆえんである。

そのあたり、百聞は一見にしかずである。私も「ゴシップガール」をiPhone に入れ、女性になって恋愛を始めることにした。

<「胸キュン」の話題、明日につづく>