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A社長の希望

「売れるか売れないかを決めるのはお客である。だからお客の趣向やニーズをとことんキャッチせよ!」というような話を聞くが、それがすべて正しいとは思えない。

「売れるか売れないかを決めているのは自分自身だ」と思えることがたびたびある。
先日もこんなことがあった。

「武沢さんのオフィスへおじゃましたい」と読者のA社長が来訪された。彼の会社は映像制作会社。テレビ番組制作で長年培った技術を利用し、インターネットで動画配信をしたいと思っている企業をサポートしたいという。手始めに動画広告を考えているがどう思うか?というのが相談内容だった。

この話、まず直感的にピンときた。「ほぉ、おもしろそうですね!」というのがまず私の第一声。おそらく私にとって最も高い賛辞である。

ちなみに、二番目の賛辞が「へぇ、なるほどね」、三番目が「そうですか」、一番低い四番目が「がんばって下さい」か無言か、である。

彼のサンプル映像を見ると、テレビ局で働いている本物の女性キャスターが企業ニュースを朗読している。一企業につき2分程度で、朗読の間に製品やサービスの映像も流れる。何度も繰り返してみたいというわけではないが、見ていて楽しいのでついつい見入ってしまうデキだ。

おもしろいので、さっそく私の友人を招いて彼のプレゼンを別の日にもう一度聞くことにした。その友人とはインターネット黎明期からWEBサイト制作と企業広報のサポートをしてきているB社長と、マンガを使った企業広告を行っているC社長だ。

彼らも加わった二度目のミーティングで、A社長は叩かれた。

B社長は、インターネットビジネスの現状を鑑みてA社長が考えているほどトントン拍子に成功するとは思えない、と。クリアしなければならないビジネス上の課題をあげてくれた。

C社長は、コスト構造を指摘した。客数が一定以上ないと、制作単価も値決めも高くならざるを得ない問題や、競合対策上の強みが乏しい点を指摘した。

その道の経験者として、バラ色一辺倒になりがちなA社長の考えの穴を指摘してくれたのだ。

二人の攻勢に、A社長の力が抜けていくのが分かった。「なるほど、厳しいですねえ」という声にも力がなかった。それでも帰り際、「武沢さん、今日の皆さんのご意見とても参考になりました。ありがとうございました。それでも私は前へ進む方向で考えてみます」と力強く挨拶して帰られた。

そしてその後、三ヶ月過ぎたが、まだご連絡がない。

今の本業が忙しいのかもしれないが、新しく立ち上げる事業には時間のかけ過ぎはよくない。
ひょっとしたら、すでに事業を立ち上げておられるのかもしれない。

このケースを見ると、
A社長のアイデアをお客がどう評価するかはまだ誰にも分からない。
むしろその前の、周囲の専門家の意見を聞く段階で立ち止まってはいないのかと心配する。

周囲の専門家は決して「すごい、素晴らしい!」とは言わない。
内心でそう思っていたとしても、まずはそのアイデアの問題点を指摘するのが役割だと思って良い。

だから、この段階で希望を失ってはいけないのだ。

そばでもうどんでも手打ちがうまいように、専門家の意見で我がビジネスを徹底的に叩くことによって、コシのある強いビジネスに仕上がっていくことを忘れないでいよう。

A社長の巻き返しやいかに。