今朝、虎ノ門オフィスで煎れたてのコーヒーとモーニングバナナを楽しんでいたら、携帯電話がなった。
ベストセラー作家でもありビジネスコミュニケーションの第一人者、Zさんからだ。
彼の第一声、「武沢さん、Zです。武沢さんの紹介ということで連絡をいただいた、岐阜のA社長なのですが、申し訳ないけど、僕が彼とのインターフェイスで一緒に仕事をするのはムリです」という。
その理由もきいたのだが、「さすがプロフェッショナル、厳しいなぁ」と私は思った。
ことの顛末を簡単に紹介すると
岐阜でZさんの講演を開きたいと願っていたセミナー会社経営のA社長。先日、「Zさんを紹介してほしい」と私に打診してこられたので、快くZさんのアドレスをご紹介した。だが、そのあとの連絡のとり方に問題があったようだ。
連絡をとりたいのならば、連絡をつけることに全力を集中すべきだ。
「彼を紹介してほしい」というのなら、紹介された人間としての誠意、接触への情熱を見せねばならない。
私はA社長のこともよく知っている。誰にも負けない仕事への情熱がある。誇りをもって私の友人に紹介できる人だ。
だが、少々奥ゆかしすぎるところがあり、メールや携帯電話をかけてアプローチするという行為に遠慮がちなところがある。その奥ゆかしさが、かえって相手に不誠実と思われることがあるのだ。
いったん連絡をとりはじめたらなら、連絡がつくまでこちらから接触し続ける情熱が必要なのだ。中途半端なところで遠慮していては、かえって相手に不信感を与える。
クイックレスポンス(素早い応答)が必要だ。
会議などでも一番困る人はレスポンス(応答)が鈍い人だ。
「山田さん、その件についてどう思いますか?」と司会者に当てられているのに黙っている。
ノーアイデアならば、そう言えばよいのに「う~ん」と考え込んだまま30秒ほど沈黙されたら場の勢いがそがれてしまう。その間、他の列席者も思考停止になるわけで、ノー・レスポンス、スロー・レスポンスほど困ったものはない。
レスポンス(response)とは「応答」である。
レスポンシビリティ(responsibility)となると「責任」という意味になる。責任とは応答であり、応答が責任なのだ。
私も時々、A社長と同じような過ちを犯す。
「じゃあ今日は宿題を持ち帰ってやってきます。後日、私のほうからご連絡さしあげます」と約束した仕事ができない。
そんな私のくせを見抜いたある社長は、「武沢さん、反射神経的に仕事をしてください。今から5分でやっちゃいましょう!」とすすめてくれる。
そうすれば、本当にその場で5分で決まるのだ。持ち帰ると5ヶ月かかる。
責任とは応答であり、応答が責任なのだ。
さて、A社長もおめおめと引き下がる男ではない。きっとZさんを招致するためのアプローチは根気よく続けられるに違いないとふんでいるが、いかに。