「どれだけ真剣に人を愛することができるか、自分は人にどれだけ尽くすことができるか」を考えてきた男がいる。山口県のT(55才)という。
とくに、「自分の家庭を幸せにできなくて、仕事のお客さんや社員を幸せにできるはずがない」と考えてきたTは、日ごろの亭主関白は変わらないが、真剣に奥様を愛してきたしこれからは、もっと愛したいという。そのことが人間としての自分の器を決めるとまで思っている。
そして今年、奥様への誕生日プレゼントは何と二年近く前から企画準備してきた「超サプライズプレゼント」だった。
それは、クラシック音楽の名曲「アベマリア」(シューベルト)を自らがバイオリンを弾いて捧げるというものだ。
このアイデアを思いついてからTは毎週二回、バイオリン教室にかよった。バイオリンをさわったこともなければ、楽譜すらよめないという現実からのスタートなのだ。
音楽教室でだれかと顔をあわせては作戦がバレてしまうので、わざわざとなりの町までかよった。
レッスンを開始してから半年後、どうにか一曲だけ最後まで弾けるようになっていた。
「自分のバイオリンが女性からどんな反応をもらえるのか確認したい」と、Tは繁華街にあるクラブへいってみた。
ときどき、接待などでつかうクラブだ。
ホステスを集めてレッスン曲「アメイジング・グレース」を弾いた。
「アーメ~ ジーイングレース・・・」
Tは仕事と同じ、いやそれ以上の真剣さで一曲を奏で終わった。
失敗だった。
「これでは学芸会だ」とTは思った。
ホステスは拍手してくれたし誉めてもくれたが、それは「素人がよくがんばっているね」という程度の賛辞におもえた。
それから半年間、毎月一回はバイオリンを持ってクラブに通うTは、いつしかホステスたちから「アメイジング・パパ」と呼ばれるようになっていた。
しかしTの腕前はみるみる進歩し、毎月彼の演奏を楽しみにするホステスも表れた。
他のボックスからも拍手とアンコールが起こり、リクエストまでされるようになった。
練習開始後、一年してようやく「イケル!」とTは勝利を予感はじめたという。
音楽教室でTは、いつもひとつの場面を想像しながら練習してきた。
それは、奥さんが自分の「アベマリア」に感動してくれている場面だ。
もちろん、その後は夫婦でシャンパンをあけフレンチのコース料理を愉しみ、最後にドルガバのブラウスをプレゼントするという場面だ。
先日、奥様の誕生日があった。
Tが二年間ちかく毎日想像してきた以上の感動がそこにあったという。
そのあたりの詳細はお聞きしていないが、奥様のリアクションがどうであったかというのはこの際、大きな問題ではない。
大切なことは、人のためにこれだけがんばれるということの尊さではなかろうか。
フォークボールであこがれの清原選手から三振を取りながらも、「こら、ちゃんと勝負できんのか」と叱られ、敗戦投手のようにうなだれてマウンドを降りた阪神タイガースの藤川投手は、その日を境に直球で勝負できる投手になることを決意したという。
あれから何年、藤川投手は尊敬する清原選手から直球で三振をとった。投げた四球すべてが直球だった。
「ゴーッと音がするすごい玉だった。藤川投手と対戦できてよかった」と藤川を認めた清原。
一方の藤川は、「あのとき、私を発奮させてくれた清原選手に感謝したい。でも今日は、バックスクリーンにホームランを打たれたかったし、そこからまた奮起したかった」と語った。
昨日のオールスター戦、両者の対戦を観ていて「三振だろうがホームランだろうが、結果はどうでもいい。両者の真剣勝負そのものが、ファンへの最高のプレゼントだ」と思った。
Tのバイオリンがうまく弾けたかどうか、奥様が感動してくれたかどうかも関係ない。
思いをもちつづけて努力を重ねる姿を想像しただけで、感極まってしまうのだ。
人間ってすばらしいと思った。
蛇足ながら、私だってTにまけないぞという気持ちになった。よし、彼がバイオリンならこっちは三味線だ~!
ちなにみ「アベマリア」(シューベルト)はこんな曲↓
http://www5b.biglobe.ne.jp/~pst/douyou-syouka/05classi/ma_sc_s.mid
(ソフトによっては聞けない方もみえるとおもいます)