<昨日のつづき>
工藤は武沢と面会した。
「武沢さん、創業して初めて社員アンケートをとってみたのですが、惨憺たる結果でした。こんなにも自分の思いが社員に伝わっていないのかと愕然とする思いです」
「(資料を見ながら)なるほど、たしかにこの内容では力が抜けちゃいますねぇ」
「はい。今年に入って創業初となる方針発表会もやりました。社員の中から次の社長候補も指名し、同族会社を脱皮したいとも発表しました。そして、社員中心の会社運営にしていこうとした矢先に、こんな冷たいリアクションをもらうとは情けない。 “社員を道具扱いしている” なんて言われるとは、もう口惜しくてしようがない」
(実際ここで、おえつが始まった)
そこで私は工藤社長をなだめつつ、質問してみることにした。
今まで従業員を増やしてくるプロセスで、どのような方法で社員を求人し、どのように社員と接してきたかを知りたくなったのだ。
今でこそ工藤社長の会社は高収益企業であり、設備も近代的で労務環境だって悪くない。求人広告を出せば定員の数十倍もの応募がある会社になったわけだが、今いる社員の多くは求人難のなかを入ってきてくれたわけだ。社長としては「人材」というよりは入社してくれる人がいればそれだけでありがたかった時代の採用だ。毎日遅刻せず、元気に出社してくれればそれだけで充分ありがたかったに違いない。
だが今、工藤の会社は利益が出はじめ、工藤は勉強するうちに理想が高くなっていった。ひょっとしたら社員の中には社長や会社のこうした変化を好ましく思っていない人がいる可能性だってある。
工藤社長によれば、案の定そうだ。特許技術によって会社の成長スピードは急激に加速したが、社員の意識や能力はそれにともなっていないようだ。
対策は二つだ。
1.まず社長の側から変化する。
工藤が作った方針書の文面は固い。この文面だけで工藤の思いを部下に伝えているつもりだとしたら大間違いだろう。
たとえば、次のようなことが書いてある。
「顧客創造によって収益の安定拡大を図り、毎年15%成長を実現。3年で1.52倍の売上規模にし、社員にもそれにともなう待遇を実現する」
このような文面がつづられた方針書を、たった一回読んで手渡ししただけでは、方針が浸透するわけがない。
何度も社内で輪読し、所々かみくだいて解説してあげないと社員は理解していない可能性がある。
一例として、このように表現するのだ。
「当社は営業力に力を入れることによって、毎年新しいお客さんを開拓していきます。目標として、毎年前年比で15%アップの売上向上を達成していきます。その結果、3年後には売上高が今の1.52倍になっていますし、あなた方の給料やボーナスも今の1.52倍になっているのです。ちょっと計算してみてください。あなたの3年後の給料はいくらになっていますか?それは、チャレンジしがいのある目標だとは思いませんか?」
先の工藤の文面を一回読んだだけよりも、こうした解説を加える方が社員には伝わりやすい。
このような場を「方針説明会」「方針勉強会」「方針研究会」「社内塾」「社員を囲む会」など好きなネーミングで毎月一回以上開催していこう。
2.社員の側にも変化を要求する
『ビジョナリーカンパニー』(日経BP)では、「まず適切な人をバスに乗せる」ことが大切だと説いているが、社長にとって、誰と一緒に仕事をしているかは極めて重要な問題だ。
もし不適切な人がバスに乗っているとしたら、バスから降ろすか、少なくともまずは後部座席に座らせる必要がある。
社員にとって、なにが適切であるかということと、何が不適切かということも教え込み、変化を要求しなければならない。そのことに対して妥協や遠慮があってはならない。
工藤社長に申し上げた。
「落ち込むお気持ちはわかるが、富士登山はまだ一合目にもきていない。まだ登り口にいる。そこでちょっとつまずいたくらいで登山を止めるわけにはいかないでしょ。ここから社員との戦い、ご自身との戦いの第二ラウンドが始まるのです。第一ラウンドでは見事に勝ったのだから、次のラウンドでも勝ちましょう」
きっと工藤社長は今ごろ、アンケートに厳しいことを書いてくれた社員ひとりひとりと膝つき合わせて話し合っていることだろう。
社員は愛すべき子どもであり、頼もしい相棒である。また社員は時にはやっかいな敵やいるだけで邪魔なお荷物にもなる。
それを制御することができるのは社長しかいない。