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人たらし

「女たらし」という単語ほど一般的ではないが、「人たらし」という言葉がある。
「社長は人たらしであるべきだよ」などと私が言うと、「たらす」という言葉自体が軟派なイメージを抱くようで、「私はそんな人間にはなりたくないです。もっと男らしい人間がいいです」と言われたりする。

「人たらし」ときいて私がすぐ思い出すのは太閤秀吉、坂本竜馬、本田宗一郎、田中角栄などだが、あなたは誰だろうか?
それ以外でよく聞く名前には、西郷隆盛、松下幸之助、稲盛和夫、孫正義などがある。

「人たらし」の共通点は何か?

・強いエネルギーがある
・大きな目標や夢がある
・人間が好き
・仕事が好き
・無邪気、無私
・明るい
・強烈なエゴがあり
・それでいて相手の気持ちが読める
・常人よりも大きな算盤勘定をもっている
・・・etc.

私は無名ながらも愼一少年のお父さんはある意味で強烈な「人たらし」なのではないかと思う。以前に一度ご紹介したことがある実話エピソードだが、時期的にちょうど今ごろのお話なので再掲載したい。

・・・

昭和 32年もあと 2日で終わるという年の瀬。今日は愼一少年の父親が経営する町工場の仕事納めだ。午前中に掃除を終えて午後からは 30人の社員総出で餅つきをする。そのあと「餅代」という名の賞与が配られる。
昭和 32年といえば、公務員の初任給が 9,200円、パートの時給が 40円という時代だ。この年、5千円札が初登場したが、一万円札はこの翌年まで待たねばならない。
いつのまにか、銀行員が運び込んでくれた大型カバンの中には千円札の束がびっしり入っていた。愼一少年はそれをのぞきこんで「わ~、すげえ~」と思った。

この年、世間は「なべ底不況」で景気は悪かった。父の会社も赤字で資金繰りは苦しかった。でも父はニコニコしてひとりひとり声をかけ賞与を手渡していく。
「はい、今年もごくろうさんやったな」、「親孝行せえや」、「風邪ひくなや」、「よくがんばったな、来年も頼むで」、「子供にええ服着せたりや」・・・。

「はい、ありがとうございます」と、社員も餅代を手にしてうれしそうだ。たくさんあった札束がみるみる減っていき、とうとう最後の一束になった。愼一少年は、「父が一番エライ社長なんだから、あの最後のひと束(10万円)が、ひょっとしてうちのものだろうか」と思っていた。そして「どんなおもちゃを買ってもらおうか」とワクワクした。

だが父と母は、無情にも最後の束の帯も切った。まだ全員に「餅代」が渡りきっていないようだ。千円札はみるみる減っていき、最後に残ったのは三枚だけだった。
「ふう、終わったな」とため息をつき、父はその三枚を母に手渡した。
母は笑顔でそれを拝むように受け取り、「おつかれさまでしたね」と父をねぎらった。

8才の愼一少年はその光景に衝撃を受けた。一番エライと思っていた父の賞与が会社のなかで一番少ない。どうしてなのか理由は分からなかったが、父の背中が「これでいいんだよ」と語っているような気がした。

その年末、愼一少年はおもちゃをおねだりしなかった。

あれから半世紀たった今でもこの昔話を私に聞かせるほど、愼一少年にとって、三枚しか残らなかった千円札の思い出が鮮烈だ。三枚しか残さなかった父の姿が潔かったのだろう。きっとそのとき、愼一少年が見たものと同じ光景を社員も見ていたはずだ。
間もなく還暦になる愼一少年は、亡き父の思いを受け継いで会社と社員を守っている。愼一少年の息子たちは間もなく成人する。きっと彼らもどこかで父の姿を見てくれているに違いない。
・・・

愼一少年のお父さんは本当に「人たらし」だったかどうかは分からない。だが、少なくとも「社員たらし」「息子たらし」だったことだけは間違いないようだ。

【編集後記】

15日からソフトバンクも「iPhone5」でのテザリングを始めました。
私も昨日から使っていますが、サブのポケット Wi-Fiとして活躍してくれそうです。