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殿堂入りスタッフ

●化粧品のメイクモデルの経験もある24才の美人女性が当社の事務スタッフに応募してきてくれた。

求人誌にうたった応募資格は、「パソコン経験者または掃除好きの方を優遇します」というものだった。一週間前に会社をやめたばかりの彼女は、「掃除好き」なら自信があると応募してきた。「これを機会にパソコンと事務仕事に挑戦してみたい」ということだった。

●面接を始めるなり、彼女からいくつか質問が出た。

・パソコン経験がほとんどないが大丈夫か
・事務の経験もないが問題ないか
・残業はできないがOKか
・スーツを着たり接客したりする仕事は苦手だが大丈夫か
・正社員になるつもりはなく、ずっとアルバイトでいたいが良いか

仕事はこれから覚えればよいのだから、「全部OK」を出した。最後に私からこんな質問をした。

「この会社が気に入れば長期間勤めてみたいですか?」

●「はい」と即答した。

「ただ、私も結婚して主婦になるのが夢なので、そうなれば辞めさせていただくと思います。正社員にならないのはそうした自由さを確保しておきたいから。でも大丈夫です、いまのところ、全然そんなお相手になる男性はいませんから」とおどけて両手を左右に振った。

●「じゃあ、結論は一両日中に電話かメールで」と面接を終え、互いに立ち上がってからおどろいた。背が私より高いのだ。

「大きいね」と思わず失礼なことを言ってしまったが、「170あります」とふり返りながら笑った。

●「森本さんか、おもしろそうな子だね」

経理をやっている家内にそういうと、珍しく「あの子なら私も鍛え甲斐がありそうね」と言った。採用OKということだろう。

●その日はもう三人ほど面接し、夜になった。

翌日の予定を確認したら、「求人展出展」となっている。
そうだ、森本さんに明日からの求人イベントを手伝ってもらおう。さっそく彼女の携帯に電話をした。

●翌朝、彼女の初仕事は、名古屋市内の大きなホールでたくさんの学生と接することだった。
学生と面談するのは私だが、事務的なことはすべて彼女がやってくれた。
「掃除好き」を自認するだけあって仕事ぶりがテキパキしていて無駄がない。一時間の食事休憩を与えても、ご飯を食べたらすぐに戻ってきてくれる。そういう自己都合を後にする考え方も気に入った。

●私が休憩しているときは、出社初日の彼女が私にかわって会社説明をしてくれた。
私が席にもどると、「社長、みんな有名な大学の学生ばかりですね。
私、高卒なんですが、ほんとにいいんですか?」と念を押した。

「全然いいよ。僕もかみさんも高卒だし。あなたも高卒。会社に欲しいのはやる気のある若者であって、大卒者限定ではないので。あくまで本人次第!」

そんな会話をしながら二日間で150人ぐらいの学生カードを集め、その翌週には別の会場で自社単独セミナーを開催。その準備、設営もすべて彼女にやってもらった。

●試用期間850円でスタートした時間給は、すぐに1,000円、1,100円、1,200円・・・という具合に上がっていった。
そのたびに、彼女は「え、いいんですか」と嬉しそうにしてくれるが、報酬が上がることの喜びには比較的淡泊だった。

●あれから5年、彼女はスクスクと進化し、会社にとっても私にとってもなくてはならない人になっていた。

家内からなにか聞かれれば、「僕に言うより先に森もっちゃんに聞いてよ」と私が言う。私も家内に何か言うと、「森もっちゃんに言ってあるの?」と念を押された。かげの社長のようだった。それほどに全幅の信頼がおける存在だった。

●たまにミスをすることはあるが、せいぜい1年に1~2回で、いずれも軽微なものだった。彼女のミスが何だったのか今でも思い出せないぐらいだ。
自分でも「多少、潔癖が入ってますから」と笑っていたが、「完全」こそ彼女の第一の基準であるかのようだ。

●そんな彼女が初めて会社で泣いたのはこの4月だった。理由はセミナー開催である。
開催を決めるのは私だが、会場手配や懇親会設営の都合があるし、ホームページ作りもある。かならず前もって相談してほしいと言われていた。
私はそれを忘れては、次々に新しいセミナーの開催を決め、それをメルマガで告知した。いつもメルマガ原稿をチェックするときになって初めてセミナー開催を知る彼女。

●私は、ホームページ作りや会場確保などはあとでも良いと思っていたから、彼女のリクエストを軽視していたのも事実だ。

おまけに4月からFacebookを使っての集客も始めた。それは、集客管理の手間が拡大することを意味した。いや、実質上管理不能に近い。

「集客把握はだいたいでいいよ」と私がいうと、「社長、だいたいってどういうことですか」と真剣に聞かれた。
「だいたいはだいたいだ」といっても、彼女には伝わらないのだ。

●「もうイヤです」「もう私の手には負えませんから」と気丈な彼女がこのとき泣いた。ぼう然とする私に向かって家内が、

「せっかく森もっちゃんが一生懸命やってくれてるのに、社長がひとりで勝手にポンポン決めてしまうからあかんのだわ」と家内ももらい泣きしている。

●そんなことがあった直後、彼女は体調を崩した。
医者に行ってクスリをもらっても回復しない。心因性なのかもしれないという。
ふだんなら仕事で辛いことがあっても土日の休みで完全にリフレッシュできた。でも、今回は体調も気分も回復しない。

●「病院に行くので」とめずらしく数日の有休を取った。その後、出社したが、ふさいだ表情で仕事をしている。

「いずれ元気な彼女にもどる」心のなかでそう願って数日を過ごしたが、そのふさぎの表情は、今から思えば私への最後の訴えだった。

<つづく>