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白井社長の場合

●カネがない。それを知っているはずなのにカネを返せとしか言ってこない銀行の担当者に愛想が尽きた。
麻雀荘を三店舗経営する白井花江社長(仮名、59歳)は意を決してこう告げた。

「分かりました、私ゃ腹をきめましたがな。あんた、倒産の仕方をおしえてくださいな、教えられた通りに私ゃ動きますから教えて頂戴な」

その瞬間、担当者の山田の顔から血の気が引いた。

●経営のケの字も分からないまま共同経営者の一人として麻雀荘を切り盛りしてきた。「肝っ玉母さん」の異名をもつ白井はいつも明るくて面倒見もよく、お客からも愛されていた。

しかし、経営者としてはガードが甘いところがあったようだ。お金の管理を任せていたパートナーの男性が運転資金の大半を持ち逃げした。
捜索と訴訟は進んでいるが会社の支払いは待ったなし。
火の車の台所事情なのに銀行は「返せ返せ」の一点張り。悲しさやショックが入り混じって再建の情熱をなくしかけていた。

●翌日、担当者の山田は上司の富田副支店長をともなってやってきた。

白井社長は富田に同じことを告げた。
「うちはもうダメやから、倒産の仕方をおしえてほしい」

富田は、「どうダメなのですか?あらためて状況をご説明願えません
か?」と穏やかに語った。

●数字に弱い白井社長。資料はいっさい使わず、言葉で経営の苦境を訴えた。約一時間かかった。

その間、ほとんど黙って聞いていた富田は「本当に倒産するのか、可能性はあるのか、白井社長に再建の気力がどの程度残されているのか」を判断していたのだろう。

●白井の話にはウソや誇張がまったくなかった。正直この上ない話だった。しかも彼女には私心がない。お客さんを楽しませ、出入り業者に儲けてもらい、それでご飯が食べられればそれ以上望むものはない。
ここ数年、赤字が続いていたが貯金を切り崩し、給料を引き下げてしのいできた。
ひととおりの話が済むと、「そんなアンバイですから、やっぱうちはダメでしょ?」と白井。

●10秒ほど間を置いて、富田はきっぱりこう言った。
「ダメではありません」
「ほんとですか?」
「本当です。まだ土俵の中に残っています。俵に足がかかっていて危険ではありますが残っています」
「そうなんですか」
「問題は白井社長ご自身の気力です」
「私ゃ、昔から気力だけは負けんですがな」
「だったら、一枚ずつ皮をはがすようにていねいに問題を解決していきましょう」
「はい、何をすればいいんで?」

●試算表を見ながら、富田は四つのことを今すぐ実行することだと言った。

1.リスケ(3つの銀行への支払い延期申し出)
2.追加融資を受ける(少なくとも1,000万円)
3.大リストラ(猶予なしで)
4.黒字化計画の策定(遅くとも二週間以内)

●それを聞いた白井はこう言った。

「富田さん、助けてくださいな。おっしゃる意味が私にはよく分からんがな」
「分からん、ですか」
「さっぱり分からんです。そいで困ってるんですから」
「そうですか、社内に経営に詳しい方はいませんか?」
「それが逃げちゃったんで今はいないわな。あとはパートさんばっかりやし」
「・・・・・」
「・・・・・」

●しばらく沈黙があった。そのとき、「あのぉ」と横にいた担当の山田が意外なことを口にした。
「私でよかったら、そのお手伝いをやらせてください。計画策定も私がやりますし、他行へのリスケ交渉も私が同行しましょう」

「ええ?」と白井と富田。
「お困りのようですし、そういうこともバンカーの仕事じゃないかと思うんです」
「ありがたいわ~」と白井。
富田も決断した。一切を承知した。
「やってみろ。ただし逐一報告をあげるように」
「分かりました。やらせていただきます」

<明日につづく>

(※これは実話を元にしたフィクションです)