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もう一度世界が驚く

この春、高校の還暦同窓会が大垣(岐阜)で催される。開催日の前日、私は鶴岡(山形)で仕事があって時間的にきついが、ネットで調べてみたら鶴岡を始発列車に乗れば7時間後には大垣に着く。少しの遅刻で出席できることがわかった。さっそく「出席」と返信しようとしたら近況記入欄があった。

幹事がくれたメーリングリストには全国各地に散らばった同級生達の近況が載っている。顔が思い出せない同窓生が多いが、面々の近況をみて懐かしくもあり、考えさせられることもあった。彼ら・彼女らの近況で圧倒的に多いキーワード、それは「退職」「定年」「年金」「引退」「隠居」などである。自分もついにそういう年齢になったのかという感慨もあるが、現役引退を口にするのは少々早すぎやしないかという気持ちも起こった。

なかには「毎日分刻みで過ごしている」「今からゴルフのシングルをめざす」という若々しいのもいるが、あくまで少数派だ。孫が何人もいたり、身体のあちこちにガタが来ている同窓も多い。だからといって老けこむのは早い。

昨日号でご紹介した勝呂八郎氏(仮名)のように、一生遊んでくらせる財産ができたとしても、あえて悠々自適の生き方を拒否する。一生、誰かのために働く気持ちが必要で、そのあたり、仏教では人生の三大目的としてこう教えてくれている。

・自己究明
・生死解決
・他者救済

一生かけてこの三つを極めるのだという。どこにも「悠々自適」の文字はない。

世の中には困っている人が実にたくさんいる。自分の知恵や経験が役立つのであれば、身体と時間の都合がきくかぎりお手伝いしたいという気持ちを持とう。

経営者の経営力や個人の才能はずっと進化するものだと私は考えている。身体を鍛え、頭も心も鍛えていけば80歳でも90歳でもベンチャー企業の創業者として IPO のひとつやふたつやってのけることができる。これからの60代、70代、80代にはそうした生き方の手本になっていただきたいと願う。

『ビジョナリーカンパニー2』(日経BP社刊)に、こんなエピソードが紹介されている。偉大な企業に至るプロセスには、必ず「準備段階」と「突破段階」とがある。そして「準備段階」には意外に時間がかかるものだということをジョン・ウッデン氏を引き合いにだしているのだ。

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1960年代から70年代にかけてバスケットボールで圧倒的な力を誇ったUCLAブルーインズというチームがある。このチームの伝説の名コーチ、ジョン・ウッデンのもと、同校は全米大学選手権で12年間に10回優勝し、あるときには61連勝をも記録している。

しかし、ウッデンがブルーンズのコーチになって、全米大学選手権で初優勝するまでに何年かかったかご存じだろうか。

答えは15年である。

1948年から63年まで、ウッデンは地味な努力を続け、64年の初優勝にこぎつけた。この15年間、チームの基礎を築き、優秀な高校生を発掘する組織を作り、一貫した考え方を実行し、フルコートプレスのスタイルに磨きをかけていった。当初は物静かで穏やかに話すコーチにもブルーインズにも誰もそれほど注目していなかったが、あるとき突破段階に達し、10年以上にわたって全米の強豪をつぎつぎに打ち破るようになった。
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名コーチが心血注いで作りあげた常勝チーム。それをつくりあげるのに費やした準備期間はなんと15年。この事実は何かというと、15年連続失敗しても、あるいはもっと長い間失敗しても、その間に準備と学習を怠りなく続けていけば、16年目に初優勝(初成功)し、それ以降は毎年成功の記録を塗りかえつづけることができるという教えである。

経営にたとえれば、確固たる経営理念を基礎に据えて、自社の成功黄金律を見つけだし愚直に計画経営を推進する。そうした準備期間を過ごしていけば、二度と負けない盤石のビジネスチームが作れるということだ。「わが社はこの程度、私はこんなもの」とみずからを決めつけるのは100歳ぐらいになってからでも遅くはない。

ましてや、60や70ぐらいでリタイアプランを練り始めるのはまったくもって、もったいない話だと思うのである。後進に道を譲るのは結構だが、自分はそのあとどんな道を歩むのかを決めておかねばならない。日本人は減っている。だからみんなで100まで働いて GDP をぐいぐい成長させ、もう一度世界を驚かせよう。