★テーマ別★

浦澤専務の前に立ちはだかるプライバシー

かつて私は渋谷の IT ベンチャーの朝礼に参加したことがある。まるで居酒屋の朝礼のように威勢のよいかけ声で始まった。経営計画書の輪読も全員が声をそろえて大声でやる。最後に30人がそれぞれ今日の主要 To-Doを発表する。おおむね一人につき三つ前後の発表だった。どうやら翌日の To-Doを決めてから帰宅するルールになっているらしい。

それをある製造会社でお話ししたところ、若い専務は「うちもやってみます」とさっそく翌日からTo-Do発表が始まった。その製造会社はラインのスタッフが10名、営業が2名、設計1名、事務部門が2名、それに専務というメンバー構成だった。社長は朝礼には出ない。

翌日から発表される To-Doを聞いて専務は新鮮な発見があったようだ。目標意識の高い人低い人、コスト意識の強い人弱い人、計画が綿密な人雑な人……。
ところが、お正月明けのある朝、ちょっとした事件が起きた。事務部門のスタッフが発表した To-Doが他の部門の人とかなりの温度差があったのだ。

・年賀状の当選番号を調べて郵便局に行く
・そのついでに年賀状の書き損じ分を換金してくる
・収入印紙を買う
・給湯室のポットが古くなったのでヤマダ電機に行く

その発表を聞いて製造部長が苦情をいった。

「おいおい、僕たち製造の人間は毎日の製造目標にむかって格闘してるんだ。君たちは年賀状の番号調べか。そんなことは家にもちかえって調べれば済むだろ。それにポットなんかどんな物でも一緒なんだからネットで注文すればすぐ済む話だろ」

製造部長よりひとつ年上だという事務部門の年配者(事務長)が反論した。

「あらひどい。年賀状が何枚会社に届いているかご存知です?500枚は優にあるんですよ、500枚ですよ。それを全部家で調べろとおっしゃるのなら、時間外手当を請求しますがそれでもいいのですね?」

製造部長は専務の方をみたが、専務は下を向いたままだった。事務長はさらにこう言った。「ポットは何でも一緒という言い方も私には信じられません。モノヅクリをされているお仲間として、製品に失礼じゃないかしら。品物に誇りとか愛着とかがないのでしょうか?ポットは何でも一緒ではないのです」

気まずい雰囲気のまま朝礼は終わった。専務は事務部門の二人の職務内容をもっと知りたいと思い、事務長のところに行った。経理も担当しているので月末月初はとくに忙しいのは知っている。

専務は事務長にこう言った。

「君たちが忙しいのはよく分かっているつもりですよ。ただ僕でも君たちの忙しさの内容についてはまだ理解していない。そこで、この一週間の To-Doリストの記録を見せてもらえないだろうか。それをみればきっと製造部長も認識をあらためると思うし」

事務長は言った。
「お見せできません。そもそも記録も取っていません。朝礼で To-Doを発表することも私は反対だったのです。そんなことは新入社員に要求することであって、責任ある立場の者にそれをさせるのは心外というものですわ。そのうえ更に一週間分の To-Do記録を見せろですって?ご冗談でしょう」
「……」
「専務、それってパワハラとかモラハラにあたりません?もっと言うならプライバシーの侵害というべきかしら」

“To-Doの記録を見せろということがプライバシーの侵害?”専務は頭が真っ白になり、言葉を失った。

その夜、「がんばれ!社長」の武沢がやっている「全国社長の朝礼」という会員制ネットミーティングの場でそれを相談してみることにした。武沢をはじめ他の経営者はこの問題にどんな考えを示すのだろうか。

<明日につづく>