家田登美江(仮名、36才)がこの会社を作って10年目になる。
彼女の会社、イエダサッシ工業株式会社は、サッシ・エクステリアに強い工務店として、地域内の業者や顧客から厚い信用を得てきた。
いつのまにか、社員数も20名になり、来年からは新卒学生の採用にも踏みきろうとしている成長企業なのだ。
そんな家田が半年かけて作り上げた経営方針書の発表会当日。
「よし、OK!これで私のすべての思いが込められたものが出来たわ。この方針を聞いて、スタッフのみんなも希望に燃えてくれるはずよ」
家田は意気込んでいた。
通常業務が終わり、社内の応接セット周辺に社員が勢揃いした。
「悪いけど、これからのお話しはとても大切なので携帯はオフ。それと外部からの電話も今からの時間だけは留守電対応でおねがい」と命じ、方針を発表しはじめた。
社員全員が仕事着のまま、配布された資料を見る。家田の方針を聞き、メモをとる社員もいる。
所々、「どう?ここまでで何か意見か質問ある?」と家田。だが、社員はみな、資料に目を落としたまま無反応だ。
「なければ、次行くわよ」・・・
一気に一時間、家田は熱っぽく方針を語り終えた。
だが、家田本人が途中から気になっていたように、社員は皆、押し黙ったままで何もリアクションがない。
業を煮やした家田は、一人ずつ感想を求めた。
「杉田部長、工事部として何か意見や質問はありますか」
「いえ、今のとこは特に・・・、ありません」
「宮沢主任は?」
「はい、大丈夫です」
翌週、家田が私に質問した。
「武沢さん、社員にビジョンを語っても反応がないのはなぜかしら?内容の問題、それとも私の発表の仕方が悪いのかしら?」
実は似たようなケースはたくさんある。初めて方針発表を行う会社の1割くらいは同じような事態に直面しているようだ。
なぜこうなるのか? 私は二つの理由が考えられると思う。
一つは、シチュエーションの問題。
仕事を終えて疲れきった時間帯に、しかも職場内で行なったことに原因がある。方針の内容に集中できていない可能性がある。
できれば、通常の会議や打ち合わせとは一線を画す意味から、社外の会議室を借り、休日に開催するか、半ドンにして午後に開催するのが望ましい。
更に理想を言えば、作業着ではなく全員がジャケットにタイを着用し、外部から来賓を招いて発表会を開くと良い。そうすることによって、発表する経営者本人も、それを聞く社員も背筋がピンとする。
二つめは、作り方の問題だ。
<明日に続く>