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自分の本質は今日の一コマにあり

今日は、“自分を変えたければ行為を変えよう”ということについてお話ししたい。

某月某日、私は落ち込んでいた。
「ダメだ、オレは。結局自分の本質は昔からまったく変わっちゃいない。尻が重いし優柔不断だし、サボり癖は抜けない。この欠点さえなければ、自分は天才にでも億万長者にでもなれるはずなのに。どうしたら自分の本質を変えられるのだろう」などとグチをこぼしながら酒を飲み、夜更かししていた。

別の某月某日、やっぱり自分を卑下していた。
今年の自分を採点して「30点」と付けた。今年の年始にたてた計画の多くが成就していない。いや、着手すらしていないものも多い。やっぱり自分を変えなければダメだ、と、ここでも自分を変える方法について考えていた。

そうだ、

・座禅を組みにいこう(比叡山へ申し込んだが冬季は受付していなかった)
・瞑想法を覚えよう(本を買ってトライしたが、何度やっても眠ってしまう)
・写経をやろう(書道セットは買った)
・断食道場へ行こう(URLまで調べた)
・精神世界の本を読みまくろう(インドのヨギーの本を読み始めた)
・いっそのこと、来年はインドへ行って修業しようか

そんなある日、一人の若者が表れこんな私にこう言った。

「武沢さんは今のままで素晴らしい。もっと、もっと、上を目指しているので、どんどん上に向かっていますが、現在の自分を褒めてから上にいってください。『今年の僕はよく頑張った!来年はもっと、嬉しくなるようにやってみよう!』なんて感じで・・・」

自分をある一面からだけしか見ないと、自分像を不当に高くも低くもしてしまう。甘いかも知れないが、さっそく自己採点を30点から80点に上方修正した。

自分を肯定すると不思議なもので、積極的なアイデアが沢山出はじめる。とうとう今朝は、目覚ましなしで4時に起床。
こんなにすがすがしい4時起きは久しぶりだ。おまけに夢のなかでもメルマガ原稿を書いていた。こんな夢は二年ぶりだ。

奇遇は続く。
今朝の作戦タイムinスターバックスで読んだ本に、次の一節を見つけた。インドの僧・達磨(だるま)と中国の若者との問答を紹介したあとに、

「自分の根本などというと、かえってわからなくなる。この達磨と青年の問答は、自分を変えるということについて核心的なことを教える。
つまり、根本とはどこか遠くにあるのではない。自分の日々の生活を構成する一コマ、一コマが自分のすべてである。その一つずつを変えれば、自分は自ずと変わる」
(『丸山敏雄伝』 倫理研究所監修 近代出版社)


自己改造は精神改造からアプローチするよりは、行為を変えることから入る方が現実的なようだ。今日という一日の中に、昨日とは違う何かの一コマを入れてみよう。