さあ、昨日の続き。
山村社長と私が社長室で対談していると、やがて伊藤、木村の両氏がそろって訪れた。
お互いにあいさつを交わし、いよいよ山村社長が本題を切り出した。
「ところで君たちの意見を聞きたくて足を運んでもらったのだが、今の仕事に就いて二人とも10年になるよね。会社の役員としても部門のリーダーとしてもよくがんばってくれていると思う。だが、これからも今のままで良いかどうかは、よく考えないといけない。」
両氏とも社長の真意をさぐりかねているようだ。山村の話が続く。
「そこで、いま君たちが任されている仕事について、どんな気持ちで取り組んでいるのか、そしてこれからの君たちの人事のことで、希望や意見があれば、それを聞きたいんだよ。」
「今のままでいい」と、口火を切ったのは営業部長の木村だった。
「僕はおかげさまで毎日楽しくやらせてもらっていますよ。訪問すべき客先は沢山あるし、新規で開拓すべき見込客も回りきれないほどあります。営業チームの人間関係も決してまずくないし、私の人事に関して特別な意向はもっていません。いまのままでいいです。」
次に伊藤工場長が話し始めた。
「使いづらい部下が2~3名いて、そのことで時々悩みますが、それ以外は今の仕事が好きです。もともと私は旋盤工として社長に直接誘われて入社しましたので、職人の仕事が好きです。ラインが忙しい時などは、今でも自分でマシンを操作しますが、あの工作機械の音や油の匂いが漂う生産現場こそが私の本当の職場だと実感します。」
二人とも今の仕事にまったく問題を感じていない。今の仕事をこれからも続けていきたいと思っているようだ。次に山村は、質問の矛先をかえた。
「仮に、君たちが入院するハメになったとき、部下は君たちの仕事をきちんと代行できるようになっているだろうか?そのように部下を育成しているかい?また、最近は君たちの部下から、上司である君たちのリーダーシップに対する不満や不信があることを知っているね?
「あぁ、このまえのA君の日報ですね。彼には正直言って手を焼いています」と伊藤。
伊藤工場長によれば、A君は我社のあるべき姿を意見具申するばかりで、肝心の自分個人の役割をまっとうできていないという。だからA君の意見は、ほとんど無視してきたが、とうとう日報で社長に直訴したというのだ。その内容は、
・手作業の記入書類が多いのでグループウエアを導入してほしい
・本社からの指示や通達がいつも工場長経由で朝礼にて伝達されるだけなので、社内メールか何かで生情報を伝えてほしい
・工場レイアウトの改善計画を工場長に提出したのに、なしのつぶて
などのクレームが記載されていたという。
下からの突き上げは伊藤だけではない。営業部長の木村も同様だ。営業部員のB君の日報によれば、次のような改善提案を再三再四にわたって伊藤に提出してきているのにフィードバックがないという。
・営業部員5名が、それぞれバラバラに動いているだけなので、営業チームとしてもっと効果的な動きをしたい。
・営業会議の開催時間や会議のなかみを生産的なものに変えてほしい
・顧客との取り引きデータを参照するデータベースを作ろう
「これはどうしたことだろう?」山村の質問に、皆押し黙った。
四人がいる社長室に鉛のように重い空気がただよう。たまりかねて私が社長に質問した。
「社長、今なにが問題ですか」
「僕は社長として創業時に君たちふたりに出会えたことに感謝している。当然君たちを信頼している。全幅の信頼というべきかもしれない。だが、同じように若い社員たちの素直さや向上心も評価している。“君たちを取るか、部下を取るか”というような問題は起きてほしくない。だが、現実にはそれが起きつつあることが問題だ。」
「なるほど、それは問題かもしれませんね。お二人はそのことを、どのように考えているのですか?」なんだか私がファシリテーター(進行役)のようになってきた。
営業の木村が硬い表情のまま話しはじめた。
「今はそうした内部の問題よりも、いかにして受注目標を達成するかが先決。昔から似たような問題はたびたびありました。でもみんな必死にがんばってくれています。問題をも抱えながらも業績第一で部下をリードすることが私の役目だと思っています」
伊藤工場長も同じような主旨の発言をした。
二人とも、社長が喜びそうなもっともらしい意見なのだが、正面から問題解決に取り組む姿勢とは思えない。
山村もそれを察したのか、新しい提案を持ちかけた。
<明日、最終回>