今年の大相撲名古屋場所は横綱・白鵬が 26度目の優勝で幕を閉じた。これは史上 3番目の優勝回数で、26歳という若さを考えれば最多記録を更新する可能性が充分にある。ちなみに優勝回数の記録はこうなっている。
1位:大鵬 幸喜 32回
2位:千代の富士 貢 31回
3位:白鵬 翔 26回
4位:朝青龍 明徳 25回
5位:北の湖 敏満 24回
6位:貴乃花 光司 22回
7位:輪島大士 14回
8位:双葉山 定次 12回(年 2場所制時代)
9位:武蔵丸光洋 12回
10位:曙 太郎 11回
その白鵬の優勝が決まった翌日の土俵で稀勢の里に破れ、連勝記録がストップした。ちょうどその瞬間を病院のベッドで見ていたわけだが、病院の真ん前が愛知県体育館、つまり大相撲をやっている場所なのである。
制限時間一杯、両者呼吸を合わせて立ち合ったはずだったが稀勢の里が待ったした。次は白鵬も待ったした。この時点で平常心を失っていたのは横綱の方だった。次の立ち合いでは張り差しからかちあげを狙ったがともに不発。機先を制した稀勢の里が横綱を圧倒し土俵の外に寄り倒した。
「待ったしたのが良くなかった。全てが悪かった。今思うと、できれば最初(の立ち合い)で合わせてくれればよかった」相撲後のコメントも平常心を失っていた。
白鵬が尊敬する横綱・双葉山(ふたばやま)は、絶対待ったをしない横綱と言われた。今は制限時間が一杯になってから立ち合うのが常識だが昔は一回目の仕切りから立ち合ってくる力士もいた。横綱たる者、いつ相手がぶつかってきてもガッチリ受け止め、危なげなく勝つから横綱相撲といわれる。双葉山はそんな相撲をとった。
5歳のとき吹き矢が当たって右目が半失明状態だった。それを知っている力士も多く、左右に動くなどして弱点をつこうとしたが動じなかった。引退したあと双葉山は NHK のインタビュー番組でこんなコメントを残している。
「私はほとんど目が見えていなかったので土俵の上でなるべく無駄な動きをしたくない。待ったをしなかったのもそのためです」
目が見えないのに強い。これはどうしたことだろう。
見えないから見えるものがあり、聞こえないから聞こえるものがある。一見、ハンデにみえるものがハンデではなく武器になることがあると、教えてくれているような気がする。
余談だが、双葉山の 70連勝を阻止した安藝ノ海は、部屋に戻ってから師匠の出羽海に報告した際、出羽海はこう言った。
「勝って褒められる力士になるより、負けて騒がれる力士になれ」
白鵬も双葉山にならんでそうした力士になったのかもしれない。