未分類

続・浅田専務

「浅田君、まだわかってないね、キミは。いつも現場へすっ飛んで行って、現場で状況対応するのが君のパターンなんだよ。それがあなたの最大の強みである反面、弱点でもあるんだよ。何かから無意識に逃げてるんではないのかい。」

「えっ、逃げてる?」

大木社長の思わぬ言葉に専務の浅田は言葉をうしなった。

最大手顧客「D社」から一方的な値下げ要求を突きつけられた人材派遣会社「W」。営業部門担当の浅田専務は、「すわ、一大事!」という気持ちと同時に、「またか」というせつなさをも感じていた。お客様が大切であることには違いない。だが、こんな理不尽な通告をしてくる「D社」が果たして本当にお客と呼べるのか、浅田は怒りに近い気持ちももっていた。「何とかしないと大変だ」という切迫した気持ちをもって大木に相対している。にもかかわらす、その大木から「逃げている」などと言われようとは。

社長の大木は、そうした浅田専務の闘争本能や営業力を高く評価していた。だが、同時に、経営者のバランス感覚としては日頃から不満に近いものも感じていたのだ。業績が順調のときには、大木の存在はスターのように輝いていた。だが、曲がり角にきた「W社」にとっては、専務の浅田の存在にもの足りなさを感じることが多い大木なのだ。

そこで、今回のD社問題を教材にしたい、と社長の大木は考えているようだ。

「浅田君、経営者にはバランスが必要だろう。我々が子供時分に熱中したあの戦争番組『コンバット』を覚えてるかい?」

「ええ。そりゃ、もう。夢中で観てましたもの。個人的にはあの大柄な“リトルジョン”の大ファンだったのですがね。」

「どうも僕には、あの番組の主人公の一人、“サンダース軍曹”が君とオーバーラップするんだ。」

「喜ぶべきなのでしょうね、きっと。でも、それはどういう意味ですか、何だか気になりますが。」

「現場のリーダーとしては、サンダース軍曹のような人材ほど頼りになる存在はない。営業部長としての君にとって、サンダースは最高の評価として受け取ってもらって良い。でも、経営者としてはどうなんだろうか?」

「もの足りないということですか。」

「そう、もの足りない。経営者としては、『コンバット』のヘンリー少尉や、そのまた上司のような仕事ぶりが求められる。」

社長の大木は、次のように言う。

戦闘場面で勝つために、自ら先頭に立ち、かつ兵を指揮して勝利するために奮闘するのが「兵の将」。

「兵の将」に方針を伝え、組織全体を正しい方向に導くのが「将の将」だとすれば、浅田専務はまだ「兵の将」だ、という。「兵の将」が「将の将」になるためには、意識と目標と行動習慣の三つを変えなければならない、とも言う。

「あなたに要求されているものは今期業績だけではない。五年後の業績にも責任があるということを判ってほしいのだよ、浅田君。」

「五年後の業績にまで責任があるのですか?」

「当然だろう、それが経営者なんだから。」

「五年後のためにいったい今なにをしろというのですか?」

「今さらそんなことを言っていること自体が『わかっていない』と僕は言うんだよ。」

経営には、「立案」と「遂行」という二つの側面がある。

さらには、「立案」にも
・ビジョンや戦略レベルの立案・・・・・・・・・・・A
・現場の作戦、戦術レベルの立案・・・・・・・・・・B
の2種類がある。

また、「遂行」にも
・自分ひとりで遂行する「自己遂行力」・・・・・・・C
・部下(または他社)に遂行させる「他人遂行力」・・D
の2種類がある。

大木社長からみて、専務の浅田は「B」「C」「D」には満足していた。が、今のD社問題をきっかけとして「A」レベルでの対応までも浅田に考えるくせをつけたいのである。五年後の業績に責任をもつ、とは「A」の仕事をさす。

浅田専務の無意識のなかには、自分の役割は「B」「C」「D」であって、「A」の仕事は社長にお任せ、という気持ちがあるのかも知れない。あるいは、「A」の仕事もやろうという気持ちがあっても、それがどのような仕事になるのか見当がつかないのかも知れない。

「社長、経営者としての私の仕事ぶりにご不満があるのはわかりました。五年後の業績に責任をもて、ということも頭では理解できます。でも、社長。具体的に私にどうしろ、とおっしゃるのですか。」

「浅田君、すばらしい。その質問が出るのを期待していた。」

さあ、大木社長は浅田に何を要求しようというのだろう。