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木鶏(もっけい)の教え

Rewrite:2014年4月2日(水)

『木鶏』(もっけい)とは、木を彫刻してつくった鶏の置物をいう。その木鶏に関するエピソードが興味深い。

昔、中国に紀省子という闘鶏飼いの名人が、王様から一羽の闘鶏の訓練を命じられた。 十日も経ったころ、王様が訓練の様子をたずねに来た。

「どうだ、もうそろそろ使えるのではないかな?」

すると紀省子は答えた。
「いや、まだでございます。今はやみくもに殺気だって、しきりに敵を求めております。」

それから十日経って王様がたずねると、
「いや、まだでございます。他の鶏の鳴き声を聞いたり、気配を感じたりすると、にわかに闘志をみなぎらせます。」

また十日経って王様がたずねると、
「いや、まだでございます。他の鶏の姿をみると、にらみつけ、いきりたちます。」

さらに十日たって王様がたずねると、今度はこう答えた。
「もうよろしゅうございましょう。そばで他の鶏がいくら鳴いても挑んでも、いっこう動ずる気配もなく、まるでちょっと見ると、木で作った鶏としか見えません。これこそ徳が充実した証拠です。こうなればしめたもの、どんな鶏でもかないっこありません。姿を見ただけで逃げ出してしまうでしょう」

本当に強い鶏は、木鶏のようなものであると教えられた、昭和の大横綱・双葉山は、70連勝を阻止されたとき恩師に電報を打った。それは、「ワレ イマダ モッケイタリエズ」という内容だった。勝ち続けた横綱が最後にめざすものが「木鶏」である。

しかし誤解があるといけない。
この話を聞いて、入門間もない序の口の力士が「木鶏」たりえんと努力するのは方向が間違っている。ガツガツと「勝つ」ことにこだわって闘争心むき出しにする時期も必要なのだ。ステップバイステップで木鶏を目指そうという教えでもある。