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口が餃子

「今日のお昼は新しくできた餃子専門店へ行こうよ。開店初日に行ってビックリしたよ。だって表面が香ばしくパリッと焼けて、皮のなかは肉と野菜がとってもジューシー。僕史上最強にうまい餃子だね。しかも無臭ニンニクなので午後からの仕事にも支障なし。ランチタイムには中華サラダと牛のテールスープ、それにコシヒカリの茶碗ライスがおかわりし放題で 500円ポッキリ。すごいでしょ、ね、行こうよ」

男子社員にそう誘われた女子社員はすっかりその気になって OK を出した。ところが行ってみたら定休日。「あらゴメン、まさか木曜日が休みだなんて…。知らなかったなぁ。あ、そうそう、向こうがわの蕎麦屋も美味しいんだよ」と男子。すると女子は「もう私の口は餃子になっちゃってるの、蕎麦もいいけど餃子屋さんを他に知らないの?」男子が口をとがらせ、「なんだよ ”口が餃子”って。そんなの自分の思い込みなんだから気分を変えて今日は打ち立ての蕎麦にしようよ」。

この場合の男子社員は、女子のために万難を排して餃子店をさがすべきである。なぜなら彼女の体内ホルモンが餃子を期待して反応しだしているのだ。それを言葉で説得しようとしても、もはや無理というものだ。

「口が○○」、という言い方はどうなんだろうと思っていたが、こんな実験がアメリカで行われていた。出典はまたしても『スタンフォードの自分を変える教室』。

コーネル大学の食品・商標研究所がこんな調査を行ったという。ある映画館で、甘い香りのポップコーンを販売した。良い香りをかいでドーパミンが踊りだし、お客はパブロフの犬よろしくそれを買っていった。しかし、実際に提供したものは二週間前に作り置きした品物。お客はそれを美味しいに違いないと思って最後まで食べるか、それとも、美味しくないのに気づいて途中で食べるのをやめるかをリサーチするのが狙い。映画が終わって客たちが出てきた。そしてポップコーンについて尋ねると、異口同音にこう言った。「このポップコーンはひどい味だった。固くて、しけていて、胸が悪くなりそうだった」と。だが、客の誰ひとりポップコーン売場に押しかけて返金を求めなかった。それどころか、作りたてのポップコーンを食べたお客と同じ割合(6割)を食べ終えていたという。

著者の結論は、「人は自分の味覚よりもドーパミン神経細胞の指示(期待)に従う」というもの。現実はいくら不味い味がしても、ポップコーンを食べたいという期待の方が上回り、食が進むというのだ。期待に胸がふくらむ、期待でワクワクする、ということはすなわちドーパミンホルモンのもたらす心理である。

私はこの本を読んでドーパミンに対する見方が少々変わった。人を行動に駆り立てる上でドーパミンのもつ役割は非常に大きいことは確かだが、その反面で、人を生理的な欲求に走らせていくガソリンにもなり得る。ドーパミンを利用することが諸手をあげて素晴らしいとはいえないわけだ。

人間の体内にはドーパミンという原子力発電所があるようなもので、平和利用・有効利用すれば最高の働きをするが、コントロールを失って暴走させると大変な羽目になる。つまり、報酬を欲してドーパミン(期待と興奮)を出し、その期待感でモチベーションをアップさせるというのは正しい方法ではない、ということであろう。

人生やビジネスに意義をもたらしてくれる真摯なモティベーションと、ご褒美につられて欲求をむきだしにするモティベーションとは別次元のものなのだ。モティベーションの本質がそこにあるような気が
する。

★スタンフォードの自分を変える教室
→ http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=3765