JR 大垣駅から養老線に乗り換えて25分で「養老」(ようろう)の駅に着く。昨夜はこの養老町の商工会青年部で20人ほどの皆さんに講演した。私の実家も近いので、故郷にかえってきたような身近な感じがした。
養老といえば「養老の滝」と、孝子伝説が有名だ。
親孝行な息子が山に薪を採りに行くと、石の間からお酒が湧き出ていた。息子はこれをひょうたんに汲み、貧しく年老いた酒好きの父に飲ませたことから、養老町では今も親孝行の精神を大切にしているという。土産物店の軒先には、たくさんのひょうたんがぶら下がっているのもその伝説の影響だろう。
この「養老」の地名は何に由来するか。それは奈良時代の西暦717年(霊亀3年)に時の天皇・元正天皇が養老を訪れたことに始まる。
元正天皇は美しい女性で、独身を貫いた方だそうだ。養老の美泉がもつ若返り効能に感心された元正天皇は、元号を「霊亀」から「養老」へ改元された。それ以降、この地も「養老町」を町名とするようになった。全国でも元号を町名にする数少ない地方自治体である。
その養老町が今年、「改元1300年祭」を開催中。イベントの多くはすでに終了しているが、まだ幾つか残されている。
西濃地区にお出かけの際には、養老まで足を伸ばされてはいかがだろうか。
★養老改元1300年祭 http://www.yoro1300.com/about/
「懇親会は焼肉です」
幹事にそう聞かされたとき、最初は「さすが青年部の皆さんは肉食なんだな」と思った。だがそういう理由ではなかった。
養老には魚がうまい居酒屋がないに等しいという。海のない県であることも影響しているが、それよりもっと大きな理由がある。
それは養老町に多数存在する食肉卸の会社。中間マージンがないので、新鮮な和牛や飛騨牛、松阪牛などがこの地に行けば安く手に入る。
養老には圧倒的な焼肉文化が根付いているのだ。
精肉店直営の店には連日買い物客の行列ができる。私も大晦日には正月用の肉を買いに養老へ行くが、毎年1時間は並ぶ。
精肉店直営の焼肉店も多い。県道56号線は別名「養老焼肉街道」とも呼ばれている。びっくりするぐらい新鮮でおいしい焼肉が庶民価格、(お酒込みで4000円ほど)で食べられる。
有名焼肉店へ行けば、同程度のものが倍以上の値段になるとあって、多くの店が連日開店前から行列ができる。地元養老や大垣はもちろん、名古屋や桑名から食べにくる人も少なくない。
昨夜は、商工会のメンバーが経営している焼肉店に行ったが、味もボリュームも申し分なし。
「この町で育った者は、よそでは焼肉を食べません」というのも理解できる。また食べに行きたい。
多くの肉は焼肉用にカットしてあるが、一皿だけステーキ肉がドンと乗っていた。私はそれを見た瞬間、マンダラの松村 寧雄先生を思い出した。
奇しくも昨日、先生の告別式が都内の寺院で行われた。出棺のときだけ涙雨が降ったという。
松村先生があるとき「ステーキなどいかがですか」と剛志社長と三人でホテル「虎ノ門パストラル」(今はない)に連れて行って下さった。
「ここのステーキは絶品なんだ」
当時70歳くらいだった先生がステーキが好物だという。しかも注文したのはジャンボサイズだったものだから、分厚くて食べきるのに閉口した。だが先生は精力的にそれを平らげ、美味そうにビールを2~3杯お替わりしておられた。あの一皿の味と、先生の風景は忘れられない。
以来、私にとってステーキといえば先生だ。
「武沢さん、iPhoneを買おうかと思いますがいかがですか?」
たしか iPhone4のころだった。
「すばらしい。先生は、iPhone を何にお使いになるのですか」と聞いてみた。かえってきたセリフがふるっていた。
「どうも周囲をみていると、仕事ができる人はみんな iPhoneを使っている。私もそれを使えば仕事ができるのではないかと思いましてね」その表情は真顔だった。
「いや、先生、お言葉ですが、仕事ができる人は iPhone ではなく、マンダラ手帳を使っているのでは」と申し上げると、先生は呵々大笑された。
翌月、先生にお目にかかると、手に黒いボディの iPhoneがあった。
今朝、松村剛志社長からお電話を頂戴した。
「しのぶ会」を年明けに予定されるという。必ず出席しますので、日程決めだけは早めにお願いしますとお伝えした。
正式に決まったらメルマガでもお知らせしたい。よろしければ、あなたもいかがだろう。