東京駅構内にあるステーションギャラリーで『
今年で72歳になられるA さんは画家。それでいて東京駅前で靴磨きをやっているという変わり種でもある。2002年2月に初めてお世話になって以来、14年間 A さんに靴を磨いてもらってきた。A さんがいないこともある。本職が忙しいのだろう。そんなときは、いつも A さんの横にいる弟さんに磨いてもらう。靴磨きの腕前は兄貴に負けていない。
兄貴ゆずりで、弟も画家。
川端康成コレクションを堪能したあと、靴をみがいてもらおうと Aさんのところへ向かう。
ところがよくみると、それは弟さんの方だった。あまりよく似たお二人ではないのだが、そのときに限って A さんがそこにいるかのようによく似ていた。
5分ほど待ったところで先客が終わり、
「お待たせしたね。今、名古屋から着いたの?」
「いや、いまから帰るところです」
「そう。毎回荷物が大変そうだね」
「こういう移動にはすっかり慣れましたよ」
そんな軽口をたたきながらも、すでに靴磨きは始まっている。
「お兄さんは元気ですか?」と聞いてみた。
「・・・」
一瞬、間があり、「あれ、言ってなかったっけ?」と手を止めた。
「なんのこと?なにも聞いてないけど」 嫌な予感がした。
「亡くなったよ」
「ええ!」
「こんどはかならず僕の個展を観にきてね、招待してあげるから」
「心臓が悪かったことは知ってるよね。
「ええ、それは聞いてました」
「絵を発注してくれてた人がある夜、急に亡くなった。
さっき弟さんを見たとき A さんの姿がみえた。そのような話を信じるたちではない私だが、あれは間違いなく A さんだった。
靴を磨きながら私にいろんなことを教えてくれた A さん。
「武沢さんね、私に言わせれば芸術も靴磨きも同じ仕事なんだよ。
ときどき爽やかなホラをふく。
「500号(絵画の最大サイズ)の絵を何点か書きためてるんだ。
いつも少年のようなキラキラした目で夢を追いかけていた A さんは読書人でもあった。哲学や思想の本が多かったように思う。ある日『存在の詩』を読んでおられたので、
あれだけ好きだった煙草はスパッと止められたのに、
左足の磨きも終わった。右足よりあきらかに長かった。
「ありがとう。またくるよ。これ、
「いいのかい、ありがとう。兄貴も喜ぶよ。
「いや、お兄さんは仏壇のなかにいる人じゃないでしょ。
「たしかに、兄貴のことだからな」 その日、初めて二人で笑った。